遺留分の放棄・慰留分減殺請求

「横浜のアオヤギ行政書士事務所」遺留分の放棄・遺留分減殺請求につき解説致します、ご意見やご質問は下のフォームに記載の上、メールにて送信下さい。 なお、返信希望のご質問には、貴メールアドレスの記載をお忘れなく。

 につき、解説いたします。 

 

 遺留分の放棄は、ごく限られた場合のみ行われますが、一般的には、相続発生時に遺留分減殺請求しないことで、放棄したのと同じになります。 

 民法1043条に「相続の開始前における遺留分の放棄は、家庭裁判所の許可を受けた時に限り、その効力を生ずる。 共同相続における遺留分の放棄は、他の各共同相続人の遺留分に影響を及ぼさない。」と規定されています。 遺留分を放棄した者には遺留分は帰属しないことになりますので、後で遺留分減殺請求ができません。  しかし、遺留分の放棄しても、全く、相続出来ないわけではなく、慰留分より下回る相続は出来るわけです。 また、「相続放棄」と違って、「遺留分の放棄」は被相続人の生前でしかできませんので、注意して下さい。 遺留分放棄の一般的な具体例として、

   現経営者(父) が、生前贈与や遺言によって後継者(長男) に自社株式を集中し、事業を承継しようとしても、遺留分を侵害された相続人から遺留分に相当する財産の返還を求められた結果、自社株式が分散するなど、事業承継がうまくいかない場合があります。 被相続人は遺留分を侵害する遺言を残す場合は、相続人の遺留分放棄まで行い、スムーズに相続出来るようにするべきです。

 遺留分放棄の家庭裁判所の許可基準としては、①遺留分放棄が本人の自由意思に基づいたものか? 被相続人から無理強いされていないか? ②遺留分放棄に合理性と必要性があるのか? 分割に適さない相続財産がるのか? ③代償性があるのか? などです。

 

遺留分の放棄手続きは、家庭裁判所に下記の書類を提出して行います。

(1) 申立書⇒http://www.courts.go.jp/vcms_lf/7435iryubunhouki.pdf

(2) 標準的な申立添付書類

   ・被相続人の戸籍謄本(全部事項証明書)

   ・申立人の戸籍謄本(全部事項証明書)

※ 審理の必要な場合は、追加書類の提出を要請されることがあります。

 

 

遺留分減殺請求

 被相続人が生前所有していた財産は、遺言によって自由に処分することが出来ます。 しかし、遺言によって「全ての財産を愛人、宗教団体、趣味クラブなどに遺贈する」と書き遺した場合は残された家族が生活に困る可能性があります。 従って、残された家族の生活保障などの必要上、法定相続分を侵害された相続人に最低保障されている相続分を得る権利が民法によって定められています。 この権利が「遺留分減殺請求権」です。 民法では遺留分減殺請求権を行使出来る者は代襲相続人(孫)を含む直系尊属配偶者に限られて、兄弟姉妹、叔父叔母、従兄妹には遺留分減殺請求の権利はありません。

 各相続人に与えらる遺留分の割合は民法1028条に下記のとおり定められています。

1.直系尊属のみが相続人であるときは、被相続人の財産の3分の1

2.前号に掲げる場合以外の場合は、被相続人の財産の2分の1

  

遺留分算定の基礎となる財産額=死亡時の財産+遺贈+生前贈与価格ー債務価格です。

 相続財産に加算される「贈与」は相続開始1年以内のものに限られます。 但し、遺留分を侵害することを双方が悪意(知っていた)で贈与した財産は1年前であっても加算されます。 相続に対する贈与で特別受益に該当するものは、相続開始の1年以上前の贈与を全て加算されます。

 

遺留分減殺請求の方法

 遺留分減殺請求権形成権なので、訴訟提起の必要はなく、内容証明郵便で請求します、内容証明郵便には字数などの制約があるので注意が必要です。 行政書士などの専門家に依頼するのが簡単で費用も案外安い(依頼前に報酬額の確認をすること)と思います。

 遺言執行がいる場合、遺言執行者にも減殺請求する旨を知らせておく事が重要です。

遺留分減殺額が確定した時は、遺留分減殺の合意書(行政書士に依頼)を作成して署名捺印しそれぞれが1通所持することになります。

 

 相手が応じない場合は、家庭裁判所に家事調停を申立てることになりますが、遺留分減殺請求の調停で、こちらが負けることは基本的にありません。 審判が確定した場合は遺留分の支払いを受けることが出来ます。  家事審判が確定したにも拘らず、支払に応じない場合は地方裁判所に強制執行の手続きをとることになります。

 

遺留分関連民法条文

第1028条(遺留分の帰属及びその割合)

 兄弟姉妹以外の相続人は、遺留分として、次の各号に掲げる区分に応じてそれぞれ当該各
 号に定める割合に相当する額を受ける。
1.直系尊属のみが相続人である場合 被相続人の財産の三分の一
2.前号に掲げる場合以外の場合 被相続人の財産の二分の一

第1029条(遺留分の算定)

 遺留分は、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与した財産の価額

 を加えた額から債務の全額を控除して、これを算定する。

 条件付きの権利又は存続期間の不確定な権利は、家庭裁判所が選任した鑑定人の評価に

 従って、その価格を定める。

第1030条

 贈与は、相続開始前の一年間にしたものに限り、前条の規定によりその価額を算入する。 

 当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知って贈与をしたときは、一年前の日よ

 り前にしたものについても、同様とする。

第1031条(遺贈又は贈与の減殺請求)

 遺留分権利者及びその承継人は、遺留分を保全するのに必要な限度で、遺贈及び前条に規

 定する贈与の減殺を請求することができる。

第1032条(条件付権利等の贈与又は遺贈の一部の減殺)

 条件付きの権利又は存続期間の不確定な権利を贈与又は遺贈の目的とした場合において、

 その贈与又は遺贈の一部を減殺すべきときは、遺留分権利者は、第千二十九条第二項の規

 定により定めた価格に従い、直ちにその残部の価額を受贈者又は受遺者に給付しなければ

 ならない。

第1033条(贈与と遺贈の減殺の順序)

 贈与は、遺贈を減殺した後でなければ、減殺することができない。

第1034条(遺贈の減殺の割合)

 遺贈は、その目的の価額の割合に応じて減殺する。 ただし、遺言者がその遺言に別段の

 意思を表示したときは、その意思に従う。

第1035条(贈与の減殺の順序)

 贈与の減殺は、後の贈与から順次前の贈与に対してする。

第1036条(受贈者による果実の返還)

 受贈者は、その返還すべき財産のほか、減殺の請求があった日以後の果実を返還しなけれ

 ばならない。

第1037条(受贈者の無資力による損失の負担)

 減殺を受けるべき受贈者の無資力によって生じた損失は、遺留分権利者の負担に帰する。

第1038条(負担付贈与の減殺請求)

 負担付贈与は、その目的の価額から負担の価額を控除したものについて、その減殺を請求

 することができる。

第1039条(不相当な対価による有償行為)

 不相当な対価をもってした有償行為は、当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを

 知ってしたものに限り、これを贈与とみなす。 この場合において、遺留分権利者がその

 減殺を請求するときは、その対価を償還しなければならない。

第1040条(受贈者が贈与の目的を譲渡した場合等)

 減殺を受けるべき受贈者が贈与の目的を他人に譲り渡したときは、遺留分権利者にその価

 額を弁償しなければならない。 ただし、譲受人が譲渡の時において遺留分権利者に損害

 を加えることを知っていたときは、遺留分権利者は、これに対しても減殺を請求すること

 ができる。

 前項の規定は、受贈者が贈与の目的につき権利を設定した場合について準用する。

第1041条(遺留分権利者に対する価額による弁償)

  受贈者及び受遺者は、減殺を受けるべき限度において、贈与又は遺贈の目的の価額を遺留

 分権利者に弁償して返還の義務を免れることができる。

2項:前項の規定は、前条第一項ただし書の場合について準用する。

第1042条(減殺請求権の期間の制限

   減殺の請求権は、遺留分権利者が、相続の開始及び減殺すべき贈与又は遺贈があったこと

 を知った時から一年間行使しないときは、時効によって消滅する。 相続開始の時から

 年を経過したときも、同様とする。

第1043条(遺留分の放棄)

 相続の開始前における遺留分の放棄は、家庭裁判所の許可を受けたときに限り、その効力

 を生ずる。

2項:共同相続人の一人のした遺留分の放棄は、他の各共同相続人の遺留分に影響を及ぼさ

 ない。

第1044条(代襲相続及び相続分の規定の準用)

 第878条第2項及び第3項、第900条、第901条、第903条並びに第904条の規定は、遺留分

 について準用する。


遺留分減殺請求書の具体例①

 横浜市中区本町1丁目1番地

行政太郎 殿                     横浜市中区本町2丁目2番地

                               行政次郎 

                遺留分減殺請求書

  私は、亡母行政花子の相続人ですが、相続人は貴殿、私と姉行政三子の3人です。貴殿は、亡母から平成24年4月1日付け遺言書により後記記載の土地、建物及び預貯金の遺贈を受け、同遺言に基づき平成25年3月1日付け遺贈を原因とする不動産の所有移転登記手続きをしています。

  従って、貴殿が受けた遺贈は、私の遺留分(亡母の遺産の6分の1)を侵害していすので、遺贈を減殺請求し、遺留分に相当する不動産持分(6分の1)の移転登記手続きと預貯金(6分の1)の支払いを求めます。

   物件目録

(1)土地  所  在 横浜市中区本町1丁目1番地

       地  番 1番1号

       地  目 宅地

       地  積 1000平方メートル

(2)建物  所  在 横浜市中区本町1丁目1番地

       家屋番号 1番地1

       種  類 木造スレート葺平屋建て

       床面積  200平方メートル

(3)預貯金 みずほ銀行 普通預金  金1000万円

 

 遺留分減殺の合意書の具体例②

             遺留分減殺請求合意書

  行政太郎を甲、行政次郎を乙、行政三子を丙として、甲と乙丙とは遺留分減殺につき次の通り合意する。

                 記

 1.甲と乙丙は次の各事実を相互に確認する。

 (1)被相続人行政花子(以下「被相続人」という)が平成23年4月1日付け公正

    証書遺言により、その全財産を甲に包括的に遺贈する旨の遺言をなしたこ 

    と。

 (2)被相続人が平成25年3月1日に死亡し、前記遺言の効力が生じたこと。

 (3)被相続人の遺言は別紙遺言目録記載の通りで、他に存在しないこと。

 (4)乙、丙は、被相続人の子として、遺産に対してそれぞれ6分の1の遺留分を

    有していること。

2.甲は、乙丙に対し、遺留分減殺の価格弁済分として各金2000万円の支払い義   

  務があることを認め、これを次の通り乙丙に送金して支払う。

 (1)甲は、乙丙にたいして平成26年1月30日までに2000万円を乙丙が指定した銀

    行口座に送金して支払う。

    甲が前項の金額の支払いを遅延したときは、前項の支払い期日の翌日より支 

    払に至るまで年10%の延滞損害金を付加して支払う。

3.乙丙は、別紙遺産目録記載の財産が甲の所有であることを認める。

4.甲と乙丙は本件の遺留分減殺請求の合意結果の基づき相続税申告の手続きを共同  

  でなすこととし、それぞれの配分額に応じた相続税を負担することとする。

  但し、申告手続きに伴う税理士費用については甲の負担とする。

5.甲と乙丙は、本件相続に関し本合意書に定める以外、相互になんらの債権債務も

  ないことを確認する。

 以上の合意成立の証として、本合意書3通を作成し、甲、乙、丙それぞれ記名押印のうえ、各1通を所持する。

平成27年3月4日        甲 住所  横浜市中区本町1丁目1番地

                   氏名  行政太郎   

                 乙 住所  横浜市中区本町2丁目2番地

                   氏名  行政次郎   印

                 丙 住所  横浜市中区本町3丁目3番地

                   氏名  行政三子   

 

 

遺留分減殺請求の最高裁判例19件

 

①減殺請求権の性質(最判昭和41年7月14日)

遺留分権利者の減殺請求権の性質
      主   文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
      理   由
上告代理人井上綱雄の上告理由について。
遺留分権利者が民法1031条に基づいて行う減殺請求権は形成権であって、その権利の行使は受贈者または受遺者に対する意思表示によってなせば足り、必ずしも裁判上の請求による要はなく、また一旦、その意思表示がなされた以上、法律上当然に減殺の効力を生ずるものと解するのを相当とする。 従って、右と同じ見解に基づいて、被上告人が相続の開始および減殺すべき本件遺贈のあったことを知った昭和36年2月26日から元年以内である昭和37年1月10日に減殺の意思表示をなした以上、右意思表示により確定的に減殺の効力を生じ、もはや右減殺請求権そのものについて民法1042条による消滅時効を考える余地はないとした原審の判断は首肯できる。 論旨は、右と異る見解に基づくものであって、採用できない。
よって、民訴法401条、95条、89条に従い、裁判官全員の一致で。主文のとおり判決する。   最高裁,同裁判長裁判官長部謹吾

 

②減殺請求後の転得者に対する減殺請求とその消滅時効の起算点(最判昭和35年7月19日)

減殺請求後の転得者に対する減殺請求とその消滅時効の起算点
      主   文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人らの負担とする。
      理   由
上告代理人菅原勇の上告理由第一点について。
所論の実質は原審の適法な証拠判断の非難にすぎず、上告適法の理由と認められない。
同第二点について。
しかし、被上告人甲が上告人らの登記の欠缺を主張し得る第三者に該当することは当裁判所の判例の趣旨に照らして明らかである(昭和33年10月14日判決)。 そして原判決は、亡乙名義に所有権移転登記がなされた時において乙は本件不動産につき完全な所有権を取得し、上告人らは何らの権利をも有しなくなったとし、被上告人丙及び丁が登記義務を承継したとしても、同人らから本件不動産を買受けた被上告人甲において所有権移転登記を得た以上、特段の事情のない限り登記義務は履行不能に帰したと判示して、上告人らの請求を排斥しているのであり、その判断は正当であるから、論旨は理由がないことに帰する。
同第三点について。
所論は原審の適法な証拠判断の非難にすぎず、上告適法の理由と認められない。
同第四点について。
しかし上告人らの減殺請求により本件不動産が全部上告人らの所有に帰したとする所論の立場に立ってみても、未登記の上告人らは被上告人丙、及び丁から本件不動産を買受け所有権移転登記を経た被上告人甲に対し、所有権取得をもって対抗し得ないのであるから、所論は原判決の結論に影響のないものであり、採用に値しない。
同第五点、第六点について。
亡乙に対する減殺請求後、本件不動産を買受けた被上告人甲に対し減殺請求をなし得ないとした原審の判断、並びに時効の起算点に関する原審の判断は、いづれも正当であり、その間に齟齬はないから、論旨はすべて理由がない。
上告代理人加藤行吉、同工藤祐正の上告理由第一点について。
所論は原判決に即せず、第一審判決の違法をいうもので、上告適法の理由と認められない。
同第二点について。
所論の理由のないことは前記菅原代理人の上告理由第二点の説示により諒解すべきである。
同第三点について。
上告人らが贈与を受けたにしてもその所有権の取得をもって対抗できないものである以上、所論の事実を必ずしも確定する必要はないから、原判決に所論の違法あるものとは言えない。
同第四点について。
遺留分に反する譲渡行為であってもそのため当然無効となるものではなく減殺請求に服するにすぎない。 そして本件は被相続人戊の生前の二重贈与と減殺請求の事実に関するもので、単なる相続人間の相続財産の所有権取得の主張の問題ではないから、所論のような理由によって原判決の判断を違法と解することはできない。 引用判例は適切でなく、論旨は理由がない。
よって、民訴401条、95条、93条1項、89条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。  最高裁裁判長裁判官河村又介 

 

③民法1041条1項の価額弁償と贈与・遺贈の目的物の価額算定の基準時(最判昭和51年8月30日)

遺留分権利者が受遺者又は受遺者に対し民法1041条1項の価額弁償を請求する訴訟における贈与又は遺贈の目的物の価額算定の基準時
      主   文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
      理   由
上告代理人下山量平の上告理由一について
原審の裁判長が裁判の評議に加わりその評決の後に転任したものであることは、記録は添付されている原判決正本に徴し明らかであるから、原判決に所論の違法はない。論旨は、独自の見解に基づいて原判決を非難するものであって、採用できない。
 同二(1)について
 遺留分権利者の減殺請求により贈与又は遺贈は遺留分を侵害する限度において失効し、受贈者又は受遺者が取得した権利は右の限度で当然に減殺請求をした遺留分権利者に帰属するものと解するのが相当であって(最高裁昭和33年(オ)第502号同35年7月19日判決、最高裁昭和40年(オ)第1084号同41年7月14日判決、最高裁昭和42年(オ)第1465号同44年1月28日判決)、侵害された遺留分の回復方法としては贈与又は遺贈の目的物を返還すべきものであるが、民法1041条1項が,目的物の価額を弁償することによって目的物返還義務を免れうるとして、目的物を返還するか、価額を弁償するかを義務者である受贈者又は受遺者の決するところに委ねたのは、価額の弁償を認めても遺留分権利者の生活保障上支障をきたすことにはならず、一方これを認めることによって、被相続人の意思を尊重しつつ、すでに目的物の上に利害関係を生じた受贈者又は受遺者と遺留分権利者との利益の調和をもはかることができるとの理由に基づくものと解されるが、それ以上に、受贈者又は受遺者に経済的な利益を与えることを目的とするものと解すべき理由はないから、遺留分権利者の叙上の地位を考慮するときは、価額弁償は目的物の返還に代わるものとしてこれと等価であるべきことが当然に前提とされているものと解されるのである。 このようなところからすると、価額弁償における価額算定の基準時は、現実に弁償がされる時であり、遺留分権利者において当該価額弁償を請求する訴訟にあっては現実に弁償がされる時に最も接着した時点としての事実審口頭弁論終結の時であると解するのが相当である。 所論指摘の民法1029条、1044条、904条は、要するに、遺留分を算定し、又は遺留分を侵害する範囲を確定するについての基準時を規定するものであるにすぎず、侵害された遺留分の減殺請求について価額弁償がされるときの価額算定の基準時を定めたものではないと解すべきである。 右と同旨の原審の判断は正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。 論旨は、採用できない。
同二(2)について
原判決添付別紙目録一、二の土地に関する被上告人の請求には、民法1040条1項本文に基づいて価額弁償を請求する主位的請求と民法709条に基づいて損害賠償を請求する予備的請求があり、原審は、主位的請求を棄却し、予備的請求の一部を認容したものであるところ、所論は、畢竟、上告人が勝訴した主位的請求に関する原審の判断を非難するものであるから、適法な上告理由にあたらない。
同二(3)並びに上告人の上告理由(一)及び(二)について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らして是認することができ、原判決に所論の違法はない。 論旨は、畢竟、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用できない。
上告人の上告理由(三)について
所論は、原審における主張を経ない事実に基づく原判決非難であるから、適法な上告理由にあたらない。
よって、民訴法401条、95条、89条に従い、裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。   最高裁裁判長裁判官本林 讓

 

④相続人が受けた贈与金銭が特別受益である場合の受益額算定の方法(最判昭和51年3月18日)

相続人が受けた贈与金銭が特別受益である場合の受益額算定の方法
      主   文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
      理   由
上告代理人永宗明の上告理由について
被相続人が相続人に対しその生計の資本として贈与した財産の価額をいわゆる特別受として遺留分算定の基礎となる財産に加える場合に、右贈与財産が金銭であるときは、その贈与の時の金額を相続開始の時の貨幣価値に換算した価額をもって評価すべきものと解するのが、相当である。 何故なら、このように解しなければ、遺留分の算定にあたり、相続分の前渡としての意義を有する特別受益の価額を相続財産の価額に加算することにより、共同相続人相互の衡平を維持することを目的とする特別受益持戻の制度の趣旨を没却することとなるばかりでなく、かつ、右のように解しても、取引における一般的な支払手段としての金銭の性質、機能を損う結果をもたらすものではないからである。 これと同旨の見解に立って、贈与された金銭の額を物価指数に従って相続開始の時の貨幣価値に換算すべきものとした原審の判断は、正当として是認できる。 原判決に所論の違法はなく、論旨は採用できない。
上告人の上告理由について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認できる。 論旨は、畢竟、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用できない。
よって、民訴法401条、95条、89条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。   最高裁裁判長裁判官  岸 盛一 

 

⑤民法1042条の減殺すべき贈与があったことを知った時とその認定(最判昭和57年11月12日)

民法1042条の減殺すべき贈与があったことを知った時とその認定
      主   文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
      理   由
上告代理人石川功の上告理由について
民法1042条にいう「減殺すべき贈与があったことを知った時」とは、贈与の事実及びこれが減殺できるものであることを知った時と解すべきであるから、遺留分権利者が贈与の無効を信じて訴訟上抗争しているような場合は、贈与の事実を知っただけで直ちに減殺できる贈与があったことまでを知っていたものと断定することはできないというべきである(大審院昭和13年2月26日判決)。 しかし、民法が遺留分減殺請求権につき特別の短期消滅時効を規定した趣旨に鑑みれば、遺留分権利者が訴訟上無効の主張をしさえすれば、それが根拠のない言いがかりにすぎない場合であっても時効は進行を始めないとするのは相当でないから、被相続人の財産のほとんど全部が贈与されていて遺留分権利者が右事実を認識しているという場合においては、無効の主張について、一応、事実上及び法律上の根拠があって、遺留分権利者が右無効を信じているため遺留分減殺請求権を行使しなかったことがもつともと首肯しうる特段の事情が認められない限り、右贈与が減殺することのできるものであることを知っていたものと推認するのが相当というべきである。
これを本件についてみるのに、原審の適法に確定した事実及び記録によれば、(一)訴外根岸誠二(以下「訴外誠二」という。)は、その妻である上告人とかねて円満を欠いていたところ、昭和33年ころには不仲の程度が甚しくなり、養子である訴外根岸克子(以下「訴外克子」という。)とともに家を出て被上告人桜井キミヱ(以下「被上告人桜井」という。)方で同被上告人と同棲して世話を受けた、(二)訴外誠二は、74歳の高齢になって生活力も失っていた時期である昭和43年12月20日に被上告人桜井の自己及び訴外克子に対する愛情ある世話と経済的協力に感謝し、かつ、自分の亡きあと訴外克子の面倒をみてもらうためにその唯一の財産ともいうべき本件土地建物につき持分二分の一を被上人桜井に贈与し、同時に残りの二分の一を訴外克子に贈与した、(三)訴外誠二は、昭和49年6月25日に死亡したが、上告人はその1か月後には本件土地建物の権利関係について調査し、前記贈与の事実を了知していた。(四)そこで、上告人は訴外誠二の被上告人桜井に対する本件贈与が右両者間の妾契約に基づいてされたもので公序良俗に反して無効であると主張して被上告人桜井の受領した本件土地建物の持分二分の一の返還を求める本件訴を提訴した、(五)これに対し被上告人桜井らは右公序良俗違反の主張を争うとともに、本件第一審の昭和49年11月11日の口頭弁論で陳述した同日付準備書面において、かりに本件贈与が無効であるとしても、右返還請求は民法708条により許されない旨を主張し、第一審判決においてその主張が容れられて本訴請求が排斥されたため、上告人は、差戻前の原審の昭和51年7月27日の口頭弁論において、予備的に、遺留分減殺請求権を行使して、被上告人桜井に対し、本件土地建物の持分6分の1の返還を求めるに至った、(六)上告人がした本件贈与無効の主張は、差戻前の原審において、贈与に至る前記事情及び経過に照らし公序良俗に反する無効なものといえない旨判断されて排斥され、右判断は上告審の差戻判決においても是認された、というのである。 右事実関係によれば、本件贈与無効の主張は、それ自体、根拠を欠くというだけでなく、訴外誠二の唯一の財産ともいうべき本件土地建物が他に贈与されていて、しかも上告人において右事実を認識していたというのであるから、被上告人桜井らから民法708条の抗弁が提出されているにもかかわらずなお本件贈与の無効を主張するだけで昭和51年7月に至るまで遺留分減殺請求権を行使しなかったことについて首肯するに足りる特段の事情の認め難い本件においては、上告人は、おそくとも昭和49年11月11日頃には本件贈与が減殺することのできる贈与であることを知っていたものと推認するのが相当というべきであって、これと同旨の説示に基づいて本件遺留分減殺請求権が時効によって消滅したものとした原審の判断は、正当として是認できる。 論旨は、採用できない。
よって、民訴法401条、95条、89条に従い、裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。   最高裁裁判長裁判官 大橋 進

 

⑥遺贈の目的の返還義務を免れるためにすべき価額弁償とは(最判昭和54年7月10日)

特定物の遺贈につき履行がされた場合に民法1041条により受遺者が遺贈の目的の返還義務を免れるためにすべき価額弁償の意義
      主   文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
      理   由
上告代理人江谷英男、同藤村睦美の上告理由第一点について
本件建物が無価値のものでなく、まだかなりの価値を有するものであるとする原判決の認定判断は、その挙示する証拠関係に照らし、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。 論旨は、畢竟、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は判決の結論に影響のない点をとらえて原判決を論難するものにすぎず、採用できない。
同第二点について
遺留分権利者が民法1031条の規定に基づき遺贈の減殺を請求した場合において、受遺者が減殺を受けるべき限度において遺贈の目的の価額を遺留分権利者に弁償して返還の義務を免れうることは、同法1041条により明らかであるところ、本件のように特定物の遺贈につき履行がされた場合において右規定により受遺者が返還の義務を免れる効果を生ずるためには、受遺者において遺留分権利者に対し価額の弁償を現実に履行し又は価額の弁償のための弁済の提供をしなければならず、単に価額の弁償をすべき旨の意思表示をしただけでは足りない。 何故なら、右のような場合に単に弁償の意思表示をしたのみで受遺者をして返還の義務を免れさせるものとすることは、同条一項の規定の体裁に必ずしも合うものではないばかりでなく、遺留分権利者に対し右価額を確実に手中に収める道を保障しないまま減殺の請求の対象とされた目的の受遺者への帰属の効果を確定する結果となり、遺留分権利者と受遺者との間の権利の調整上公平を失し、ひいては遺留分の制度を設けた法意にそわないこととなるからである。
これを本件についてみるのに、原審の確定したところによれば、被上告人は、遺贈者亡甲の長女で唯一の相続人であり、遺留分権利者として右甲がその所有の財産である本件建物を目的としてした遺贈につき減殺の請求をしたところ、本件建物の受遺者としてこれにつき所有権移転登記を経由している上告人は、本件建物についての価額を弁償する旨の意思表示をしただけであり、右価額の弁償を現実に履行し又は価額弁償のため弁済の提供をしたことについては主張立証をしていない、というのであるから、被上告人は本件建物につき二分の一の持分権を有しているものであり、上告人は遺留分減殺により被上告人に対し本件建物につき2分の1の持分権移転登記手続をすべき義務を免れることができないといわなければならない。
従って、これと同趣旨の原審の判断は正当であって、原判決に所論の違法はない。 論旨は採用できない。
よって、民訴法401条、95条、89条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。   最高裁裁判長裁判官服部高顯

 

⑦遺留分減殺請求権の行使による目的物返還請求権等と民法1042条の消滅時効(最判昭和57年3月4日)

遺留分減殺請求権の行使による目的物返還請求権等と民法1042条の消滅時効
      主   文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
      理   由
上告代理人景山米夫の上告理由一について
民法1031条所定の遺留分減殺請求権は形成権であって、その行使により贈与又は遺贈は遺留分を侵害する限度において失効し、受贈者又は受遺者が取得した権利は右の限度で当然に遺留分権利者に帰属するものと解すべきものであることは、当裁判所の判例とするところであり(最高裁昭和41年7月14日判決、最高裁昭和51年8月30日判決)、従って、遺留分減殺請求に関する消滅時効について特別の定めをした同法1042条にいう「減殺の請求権」は、右の形成権である減殺請求権そのものを指し、右権利行使の効果として生じた法律関係に基づく目的物の返還請求権等をもこれに含ましめて同条所定の特別の消滅時効に服せしめることとしたものではない、と解するのが相当である。 これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。 論旨は、採用できない。
同二について
原審の適法に確定した事実関係のもとにおいて、民法1040条の規定を類推適用して被上告人の本件遺贈の目的の価額弁償の請求を認めた原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。 論旨は、採用できない。
よって、民訴法401条、95条、89条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。   最高裁裁判長裁判官本山 亨

 

⑧価額弁償がなされた場合と所得税法59条1項1号の遺贈(最判平成4年11月16日)

遺産全部の包括遺贈に対する遺留分減殺請求権行使と同権利の性質(最判平成8年1月26日)
不動産の持分移転登記手続請求訴訟と受遺者が裁判所の価額による価額弁償の意思表示をした場合の判決主文(最判平成9年2月25日)

不動産の持分移転登記手続請求訴訟と受遺者が裁判所の価額による価額弁償の意思表示をした場合における判決主文
      主   文
一 原判決主文第一項の2及び3を次のとおり変更する。
 1 被上告人は、上告人に対し、被上告人が上告人に対して民法1041条所定の遺贈の目的の価額の弁償として2272万8231円を支払わなかったときは、第一審判決添付第一目録記載の各不動産の原判決添付目録記載の持分につき、所有権移転登記手続をせよ。
 2 上告人のその余の請求を棄却する。
二 その余の本件上告を棄却する。
三 訴訟の総費用はこれを5分し、その二を上告人の負担とし、その余を被上告人の負担とする。
      理   由
第一 上告代理人樽谷進の上告理由一について
  所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程にも所論の違法は認められない。 論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。
第二 同二及び三について
一 所論は、要するに、本件において上告人が求めているのは現物返還のみであり、被上告人もまた、単に価額弁償の意思表示をしたにとどまり現実の履行もその履行の提供もしていないのであるから、原判決主文第一項3のごとき条件付判決をすることは民訴法186条に違反するのみならず、右のごとき判決をしても、登記手続上、上告人の遺留分減殺を原因とする所有権移転登記手続を防止することができないばかりでなく、価額弁償の時期により次の手続が異なるという不安定な結果となるのであって、上告人はかかる判決を求めていないし、また、本件は現物返還を請求している事案であって、価額弁償算定の前提となるべき目的物の価額算定の基準時を事実審口頭弁論終結時とするのは相当でない、というのである。
二 上告人の求めているのが単なる現物返還のみであり、原判決主文第1項3に趣旨不明確な点があることは所論のとおりであって、これを是正すべきことは後記説示のとおりであるが、被上告人は、原審において、後記のとおり、単に価額弁償の意思表示をしたにとどまらず、裁判所が定めた価額により民法1041条の規定に基づく価額弁償をする意思がある旨を表明して、裁判所に対して弁償すべき価額の確定を求める旨の申立てをしているのであるから、原審がこれに応えて上告人の持分の移転登記請求を認めるに当たり、弁償すべき価額を定め、その支払を解除条件として判示したのはむしろ当然であって、そのこと自体を民訴法186条に違反するものということはできない。 また、目的物の価額算定の基準時を事実審口頭弁論終結時より後にすることができないのは事理の当然であって、この点の所論は採用の限りでない。
三 以下、所論に鑑み、原審における被上告人の申立ての趣旨及びこれに対する原審の判断の当否について、職権をもって検討する。
 1 上告人の予備的請求は、上告人から被上告人(受遺者)に対する遺留分減殺請求権の行使により上告人に帰属した遺贈の目的物の返還(不動産については持分の確認及び移転登記手続)を求めるものであるところ、被上告人は、右請求に係る財産のうち第一審判決添付第一目録記載の各不動産(以下「本件不動産」という)の持分については、裁判所が定めた価額により民法1041条の規定に基づく価額の弁償をなすべき旨の意思を表明して弁償すべき価額の確定を求める旨の申立てをしている。 そして、原審の適法に確定したところによれば、(一)甲は、昭和62年1月5日付け目筆証書により全財産を被上告人に遺贈する旨の遺言をした後、同月26日に死亡した,(二)甲の相続人は、被上告人(長男)、乙(次男)及び上告人(次女)の3名である、(三)甲の遺産である本件不動産につき、同年7月2日までに、本件遺言に基づき被上告人に対する所有権移転登記が経由された、(四)上告人は、同月30日,被上告人に対して遺留分減殺請求権を行使する旨の意思表示をした、(五)右遺留分減殺の結果、上告人は、本件不動産についていずれも原判決添付目録記載の割合による持分を取得した、(六)原審口頭弁論終結時における右持分の価額は合計2272万8231円である、というのである。
 2 原審は、右事実関係の下において、被上告人は上告人に対して本件不動産の前記持分の返還義務(持分移転登記義務)を負うが、右義務は価額の弁償の履行又は弁済の提供によって解除条件的に条件付けられているとして、予備的請求のうち本件不動産に関する部分については、「上告人が本件不動産について前記持分権を有することを確認する(主文第一項1)。 被上告人は、上告人に対し、右持分について所有権移転登記手続をせよ(同2)。 被上告人は、上告人に対し2272万8231円を支払ったときは、前項の所有権移転登記義務を免れることができる(同3)。 上告人のその余の請求を棄却する。」旨の判決を言い渡した。
四 そこで、その当否につき判断する。
 1 一般に、遺贈につき遺留分権利者が減殺請求権を行使すると、遺贈は遺留分を侵害する限度で失効し、受遺者が取得した権利は右の限度で当然に減殺請求をした遺留分権利者に帰属するが、この場合、受遺者は、遺留分権利者に対し同人に帰属した遺贈の目的物を返還すべき義務を負うものの、民法1041条の規定により減殺を受けるべき限度において遺贈の目的物の価額を弁償して返還の義務を免れることができる。もっとも、受遺者は、価額の弁償をなすべき旨の意思表示をしただけでは足りず、価額の弁償を現実に履行するか、少なくともその履行の提供をしなければならないのであって、弁償すべき価額の算定の基準時は原則として弁償がされる時と解すべきである。 さらに、受遺者が弁償すべき価額について履行の提供をした場合には、減殺請求によりいったん遺留分権利者に帰属した権利が再び受遺者に移転する反面、遺留分権利者は受遺者に対して弁償すべき価額に相当する額の金銭の支払を求める権利を取得するものというべきである(最高裁昭和51年8月30日判決、最高裁昭和54年7月10日判決)。
 2 減殺請求をした遺留分権利者が遺贈の目的物の返還を求める訴訟において、受遺者が事実審口頭弁論終結前に弁償すべき価額による現実の履行又は履行の提供をしなかったときは、受遺者は、遺贈の目的物の返還義務を免れることはできない。 しかし、受遺者が、当該訴訟手続において、事実審口頭弁論終結前に、裁判所が定めた価額により民法1041条の規定による価額の弁償をなすべき旨の意思表示をした場合には、裁判所は、右訴訟の事実審口頭弁論終結時を算定の基準時として弁償すべき額を定めた上、受遺者が右の額を支払わなかったことを条件として、遺留分権利者の目的物返還請求を認容すべきものと解するのが相当である。
 何故なら、受遺者が真に民法1041条所定の価額を現実に提供して遺留分権利者に帰属した目的物の返還を拒みたいと考えたとしても、現実には、遺留分算定の基礎となる遺産の範囲、遺留分権利者に帰属した持分割合及びその価額の算定については、関係当事者間に争いのあることも多く、これを確定するためには、裁判等の手続において厳密な検討を加えなくてはならないのが通常であるから、価額弁償の意思を有する受遺者にとっては民法の定める権利を実現することは至難なことというほかなく、すべての場合に弁償すべき価額の履行の提供のない限り価額弁償の抗弁は成立しないとすることは、同法条の趣旨を没却するに等しいものといわなければならない。 従って、遺留分減殺請求を受けた受遺者が、単に価額弁償の意思表示をしたにとどまらず、進んで、裁判所に対し、遺留分権利者に対して弁償をなすべき額が判決によって確定されたときはこれを速やかに支払う意思がある旨を表明して、弁償すべき額の確定を求める旨を申し立てたという本件のような場合においては、裁判所としては、これを適式の抗弁として取り扱い、判決において右の弁償すべき額を定めた上、その支払と遺留分権利者の請求とを合理的に関連させ、当事者双方の利害の均衡を図るのが相当であり、かつ、これが法の趣旨にも合致するものと解すべきである。
 3 この場合、民法1041条の条文自体からは、一般論として、原判決主文第一項3のように受遺者が現物返還の目的物の価額相当の金員を遺留分権利者に支払ったときは登記義務を免れると理解することにさして問題はないけれども、現実に争いとなってこれを解決すべき裁判の手続においては、何時までにその主張をなすべきか、その価額の評価基準日を何時にするか、執行手続をいかにすべきか等の手続上の諸問題を無視することができない。 その意味では、原判決主文第一項3のごとき判決は法的安定性を害するおそれがあり、その是正を要するものといわなければならない。一方、受遺者からする本件価額確定の申立ては、その趣旨からして、単に価額の確定を求めるのみの申立てであるにとどまらず、その確定額を支払うが、もし支払わなかったときは現物返還に応ずる趣旨のものと解されるから、裁判所としては,その趣旨に副った条件付判決をすべきものということができる。 弁償すべき価額を裁判所が確定するという手続を定めることは、この手続の活用により提供された価額の相当性に関する紛争が回避され、遺留分権利者の地位の安定にも資するものであって、法の趣旨に合致する。
 4 なお、遺留分権利者からの遺贈の目的物の返還を求める訴訟において目的物返還を命ずる裁判の内容が意思表示を命ずるものである場合には、受遺者が裁判所の定める額を支払ったという事実は民事執行法173条所定の債務者の証明すべき事実に当たり、同条の定めるところにより、遺留分権利者からの執行文付与の申立てを受けた裁判所書記官が受遺者に対し一定の期間を定めて右事実を証明する文書を提出すべき旨を催告するなどの手続を経て執行文が付与された時に、同条一項の規定により、意思表示をしたものとみなされるという判決の効力が発生する。 また、受遺者が裁判所の定める額について弁償の履行の提供をした場合も、右にいう受遺者が裁判所の定める額を支払った場合に含まれるものというべきであり、執行文付与の前に受遺者が右の履行の提供をした場合には、減殺請求によりいったん遺留分権利者に帰属した権利が再び受遺者に移転する反面、遺留分権利者は受遺者に対して右の額の金銭の支払を求める権利を取得するのである。
五 そこで、以上の見解に立って本件をみるのに、上告人は遺留分減殺により本件不動産について原判決添付目録記載の割合による持分を取得したが、受遺者である被上告人は原審において裁判所が定めた価額により民法1041条の規定に基づく価額の弁償をなすべき旨の意思を表明して弁償すべき額の確定を求める旨の申立てをしており、原審口頭弁論終結時における右持分の価額は2272万8231円であるというのであるから、被上告人が同条所定の遺贈の目的の価額の弁償として右同額の金員を支払わなかったことを条件として、上告人の持分移転登記手続請求を認容すべきである。
  以上の次第で、原判決には法令の解釈適用を誤った違法があり、この違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである。 そこで、職権により原判決を破棄し、上告人の申立ての趣旨を害さず、かつ、被上告人の原審における申立ての趣旨に副った主文とすべく原判決を一部変更した上、その余の上告を棄却することとする。
よって、民訴法408条、396条、384条、96条、89条、92条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。   最高裁裁判長裁判官可部恒雄  

 

⑨相続開始時の被相続人債務と遺留分の侵害額の算定(最判平成8年11月26日)

相続開始時の被相続人債務と遺留分の侵害額の算定
      主   文
原判決を破棄する。
本件を大阪高等裁判所に差し戻す。
      理   由
上告代理人和田誠一郎の上告理由一の4について
一 原審の確定した事実関係は,次のとおりである。
1 Aは、平成2年6月29日、すべての財産を上告人に包括して遺贈する旨遺言した。
2 Aは、平成2年7月7日死亡した。 同人の法定相続人は、妻である被上告人B並びに子である被上告人C、同D、上告人及びEである。
3 Aは、相続開始の時において、第一審判決別紙物件目録の本件不動産の項の一ないし二九記載の不動産(以下「本件不動産一」などという。)及び同目録の売却済み不動産の項の(一)、(二)記載の不動産(以下「売却済み不動産(一)」などという。)を所有していた。
4 被上告人らは、上告人に対し、平成3年1月23日到達の書面をもって遺留分減殺請求権を行使する旨の意思表示をした。
5 平成2年12月18日、本件不動産六ないし八につき、平成3年2月7日、本件不動産二、五及び二八につき、それぞれ相続を登記原因として上告人に所有権移転登記がされ、また、同日、本件不動産二九につき上告人を所有者とする所有権保存登記がされた。
6 上告人は、被上告人らから遺留分減殺請求権を行使する旨の意思表示を受けた後、同人らの承諾を得ずに、売却済み不動産(一)を3億2732万400円で、同(二)を7237万5000円で、それぞれ第三者に売り渡し、その旨の所有権移転登記を経由した。
二 被上告人らの本件請求は、遺留分減殺請求により被上告人らが本件不動産一ないし二九につき、本件の遺留分の割合である2分の1に各自の法定相続分のそれを乗じて得た割合の持分(被上告人Bは4分の1、同C、同Dは各16分の1の割合の持分)を取得したと主張して、本件不動産一ないし二九につき右各持分の確認を求め、かつ、本件不動産二、五ないし八、二八及び二九につき、遺留分減殺を原因として、右各持分の割合による所有権一部移転登記手続を求めるものである。 なお、被上告人らからは、前記一3記載の不動産のほか普通預金債権、預託金債権等の相続財産が存在する旨の主張がされており、上告人からも、第一審判決別紙相続債務等目録記載の相続債務の存在等が主張されている。
三 原審は、前記事実関係の下において、次のとおり判示して、被上告人らの請求を認容した。
1 上告人は、遺留分減殺の意思表示を受けた後、遺産を構成する売却済み不動産(一)、(二)を第三者に合計3億9969万5400円で売却し、その旨の所有権移転登記を経由したことにより、遺留分減殺請求により被上告人らに帰属した右各不動産上の持分を喪失させたから、被上告人らは、上告人に対し、右持分の喪失による損害賠償請求権を有する。
2 被上告人らは、本訴において、右各損害賠償請求権と上告人が相続債務を弁済したことにより被上告人らに対して有する各求償権とを対当額で相殺する旨意思表示した。 上告人が弁済したとする相続債務の額に被上告人Bは4分の1、同C、同Dは各16分の1の割合を乗じて求償権の額を算定すると、その額が右各損害賠償請求権の額を超えないことは明らかであるから、右求償権は相殺により消滅したというべきである。
3 そうすると、上告人主張の相続債務は、遺留分額を算定する上でこれを無視することができ、したがって、負担すべき相続債務の有無、範囲並びに相続財産の範囲及びその相続開始時の価額を確定するまでもなく、被上告人らは、遺留分減殺請求権の行使により、本件不動産一ないし二九につき、本件の遺留分の割合である2分の1に各自の法定相続分のそれを乗じて得た割合の持分を取得したというべきである。
四 しかしながら、原審の右判断は是認することができない。 その理由は、次のとおりである。
1 遺贈に対して遺留分権利者が減殺請求権を行使した場合、遺贈は遺留分を侵害する限度において失効し、受遺者が取得した権利は遺留分を侵害する限度で当然に遺留分権利者に帰属するところ、遺言者の財産全部の包括遺贈に対して遺留分権利者が減殺請求権を行使した場合に遺留分権利者に帰属する権利は、遺産分割の対象となる相続財産としての性質を有しないものであって(最高裁平成3年(オ)第1772号同8年1月26日第二小法廷判決)、前記事実関係の下では、被上告人らは、上告人に対し、遺留分減殺請求権の行使により帰属した持分の確認及び右持分に基づき所有権一部移転登記手続を求めることができる。
2 被相続人が相続開始の時に債務を有していた場合の遺留分の額は、民法1029条、1030条、1044条に従って、被相続人が相続開始の時に有していた財産全体の価額にその贈与した財産の価額を加え、その中から債務の全額を控除して遺留分算定の基礎となる財産額を確定し、それに同法1028条所定の遺留分の割合を乗じ、複数の遺留分権利者がいる場合は更に遺留分権利者それぞれの法定相続分の割合を乗じ、遺留分権利者がいわゆる特別受益財産を得ているときはその価額を控除して算定すべきものであり、遺留分の侵害額は、このようにして算定した遺留分の額から、遺留分権利者が相続によって得た財産がある場合はその額を控除し、同人が負担すべき相続債務がある場合はその額を加算して算定するものである。 被上告人らは、遺留分減殺請求権を行使したことにより、本件不動産一ないし二九につき、右の方法により算定された遺留分の侵害額を減殺の対象であるAの全相続財産の相続開始時の価額の総和で除して得た割合の持分を当然に取得したものである。 この遺留分算定の方法は、相続開始後に上告人が相続債務を単独で弁済し、これを消滅させたとしても、また、これにより上告人が被上告人らに対して有するに至った求償権と被上告人らが上告人に対して有する損害賠償請求権とを相殺した結果、右求償権が全部消滅したとしても、変わるものではない。
五 そうすると、本件では相続債務は遺留分額を算定する上で無視することができるとし、負担すべき相続債務の有無、範囲並びに相続財産の範囲及びその相続開始時の価額を確定することなく、被上告人らは本件各不動産につき本件の遺留分の割合である2分の1に各自の法定相続分のそれを乗じて得た割合の持分を取得したとした原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があり、右違法が判決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。 その趣旨をいう論旨は理由があり、その余の点を判断するまでもなく、原判決は破棄を免れない。 そして、右の点につき更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すことにする。
よって、民訴法407条1項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。     最高裁裁判長裁判官千種秀夫

 

⑩民法903条1項の相続人に対する贈与と遺留分減殺の対象(最判平成10年3月24日)

民法903条1項(特別受益者の相続分)の相続人に対する贈与と遺留分減殺の対象
      主   文
原判決中本訴事件に関する部分を破棄する。
前項の部分につき、本件を仙台高等裁判所に差し戻す。
      理   由
一 上告代理人大野藤一の上告理由について
1 本訴事件は、亡甲の相続人であり遺留分権利者である上告人らが、甲からその生前に土地の贈与を受けた被上告人らに対し、遺留分減殺請求権を行使した結果上告人らに帰属した右の土地の持分についての移転登記手続を求めるものであるところ、原審の確定した事実関係及びこれに基づく判断は、次のとおりである。
(一) 甲は、昭和62年8月20日に死亡した。 甲の相続人は、妻である上告人乙、子である同丙及び被上告人丁である。 同戊は同丁の配偶者であり、同峰成及び同繁久は同丁の子である。
(二) 甲は、昭和53年当時、第一審判決添付物件目録1ないし9記載の土地(以下、同目録記載の番号により「1の土地」などという。)を所有していたが、同年10月16日に1、3及び6の土地を被上告人戊、同峰成及び同繁久に、4の土地を同丁にそれぞれ贈与し、同54年1月16日に2及び5の土地を被上告人らに贈与した。
(三) 被上告人らに贈与された1ないし6の土地の右贈与の時点における価額と甲所有の財産として残された7ないし9の土地の右時点における価額を相続税・贈与税の課税実務上の財産評価方法にのっとって比較すると、固定資産税倍率方式により算出され、贈与税申告の際にも用いられた1ないし6の土地の価額は合計1175万3049円であり、路線価方式により算出された9の土地の価額は1397万2000円(1㎡当たり1万4000円)であるから、7及び8の土地の価額を算出するまでもなく、甲所有の財産として残された7ないし9の土地の価額が被上告人らに贈与された1ないし6の土地の価額を上回るものということができる。 そして、当時甲の財産が減少するおそれもなかったから、右贈与が遺留分権利者である上告人らに損害を加えることを知ってされたとはいえない。
(四) 以上によれば、1ないし6の土地は遺留分減殺の対象とならないことが明らかであるから、その余の点について判断するまでもなく本訴事件についての上告人らの請求は理由がない。
2 しかし、9の土地の相続税・贈与税の課税実務上の価額を路線価方式により1397万2000円(1㎡当たり1万4000円)とした原審の事実認定は是認できない。その理由は、次のとおりである。
原審が、乙83号証の1、1及び同84号証の1ないし3により昭和53年及び同54年時点における9の土地に面する路線(不特定多数の者の通行の用に供されている道路又は水路)である道路の路線価が1㎡当たり1万4000円であると認定し、これに同土地の登記簿土の地積である998㎡を乗じて、同土地の課税実務上の価額を1397万2000円であると認定したことは、原判決の説示から明らかである。 ところで、路線価と、路線に接する宅地について評定された1㎡当たりの価額であって、宅地の価額がおおむね同一と認められる一連の宅地が面している路線ごとに設定されるものであり、また、路線価方式とは、宅地についての課税実務上の評価の方式であって、路線価を基として計算された金額をその宅地の価額とするものであり、特段の事情のない限り宅地でない土地の評価に用いることはでろまでの間、本件土地に土砂を搬入掲乙号証から9の土地に面する道路の路線価が1㎡当たり1万4000円であると認定することができるとしても、9の土地の当時の現況が傾斜地を含む山林であることは鑑定の結果などから明白であるから、前掲乙号証から9の土地の相続税・贈与税の課税実務上の価額を1397万2000円(1㎡当たり1万4000円)と認定することはおよそできない筋合いである。 この点において、原判決には証拠に基づかずに事実を認定した違法があり、この違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである。 論旨は理由があり、原判決のうち本訴事件に関する部分はすべて破棄を免れない。
二 さらに、職権をもって検討すると、民法903条1項の定める相続人に対する贈与は、右贈与が相続開始よりも相当以前にされたものであって、その後の時の経過に伴う社会経済事情や相続人など関係人の個人的事情の変化をも考慮するとき、減殺請求を認めることが右相続人に酷であるなどの特段の事情のない限り、民法1030条の定める要件を満たさないものであっても、遺留分減殺の対象となるものと解するのが相当である。 ただし、民法903条1項の定める相続人に対する贈与は、すべて民法1044条、903条の規定により遺留分算定の基礎となる財産に含まれるところ、右贈与のうち民法1030条の定める要件を満たさないものが遺留分減殺の対象とならないとすると、遺留分を侵害された相続人が存在するにもかかわらず、減殺の対象となるべき遺贈、贈与がないために右の者が遺留分相当額を確保できないことが起こり得るが、このことは遺留分制度の趣旨を没却するものというべきであるからである。 本件についてこれをみると、相続人である被上告人丁に対する4の土地並びに2及び5の土地の持分各4分の1の贈与は、格別の事情の主張立証もない本件においては、民法903条1項の定める相続人に対する贈与に当たるものと推定されるところ、右各土地に対する減殺請求を認めることが同被上告人に酷であるなどの特段の事情の存在を認定することなく、直ちに右各土地が遺留分減殺の対象にならないことが明らかであるとした原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があり、この違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである。 よって、原判決のうち上告人らの被上告人丁に対する本訴事件に関する部分は、この点からも破棄を免れない。
三 以上に従い、原判決のうち本訴事件に関する部分については、更に審理を尽くさせるため、これを原審に差し戻すこととする。 よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。    最高裁裁判長裁判官園部逸夫

 

⑪遺留分権行使による取得不動産の所有権と共有持分権に基づく登記請求権と消滅時効(最判平成7年6月9日)

遺留分権行使による取得不動産の所有権ほ共有持分権に基づく登記請求権と消滅時効
      主   文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
      理   由
上告代理人小沢礼次の上告理由について
遺留分権利者が特定の不動産の贈与につき減殺請求をした場合には、受贈者が取得した所有権は遺留分を侵害する限度で当然に右遺留分権利者に帰属することになるから(最高裁昭和50年(オ)第920号同51年8月30日判決,最高裁昭和53年(オ)第190号同57年3月4日判決)、遺留分権利者が減殺請求により取得した不動産の所有権又は共有持分権に基づく登記千続請求権は,時効によって消滅することはないものと解すべきである。 これと同旨の原審の判断は是認することができ、原判決に所論の違法はなく、論旨は採用できない。
よって、民訴法401条、95条、89条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
最高裁裁判長裁判官河合伸一 

 

⑫遺留分減殺請求前に遺贈の目的を譲渡した場合と価額弁償額(最判平成10年3月10日)

遺留分減殺請求前に遺贈の目的を譲渡した場合と価額弁償額
      主   文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
上告代理人根本孔衛、同三嶋健の上告理由第三点の2について
遺留分権利者が減殺請求権を行使するよりも前に減殺を受けるべき受遺者が遺贈の目的を他人に譲り渡した場合には、民法1040条一項の類推適用により、譲渡の当時譲受人が遺留分権利者に損害を加えることを知っていたときを除き、遺留分権利者は受遺者に対してその価額の弁償を請求し得るにとどまるものと解すべきである(最高裁昭和53年(オ)第190号同57年3月4日判決)。 そして、右の弁償すべき額の算定においては、遺留分権利者が減殺請求権の行使により当該遺贈の目的につき取得すべきであった権利の処分額が客観的に相当と認められるものであった場合には、その額を基準とすべきものと解するのが相当である。
原審の適法に確定した事実関係によれば、上告人及び被上告人らは、昭和60年5月24日に死亡した甲の子であるが、甲はその死亡時において本件土地についての借地権の2分の1の割合による持分を有していたところ、上告人は、右借地権持分の遺贈を受け、平成2年3月13日、練馬ホーム株式会社に対し、これを自身の有する残りの2分の1の割合による持分と共に当時における客観的に相当な額である2億8829万9960円で売却し、被上告人らは、その後の平成4年2月10日、上告人に対し、右遺贈につき遺留分減殺請求の意思表示をしたというのである。
右事実関係の下において、遺留分権利者である被上告人らは、減殺請求権の行使により、それぞれ前記借地権の20分の1の割合による持分を取得すべきであったとした上、民法1040条一項本文の類推適用により受遺者である上告人が各被上告人に対して弁償すべき額について、右借地権の売買代金の20分の1に当たる1441万4998円をもって相当とした原審の判断は、これを是認できる。 所論引用の最高裁昭和50年(オ)第920号同51年8月30日判決は、事案を異にし本件に適切でない。 論旨は採用できない。
その余の上告理由について
所論の点に関する原審の認定判断及び措置は、原判決挙示の証拠関係及び記録に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。 論旨は、違憲をいう点を含め、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難し、独自の見解に基づき原判決の法令違背を主張するか、又は原審の裁量に属する審理上の措置の不当をいうものにすぎず、採用できない。 よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。   最高裁裁判長裁判官園部逸夫 

 

⑬遺贈に基づく目的物を占有者の取得時効の援用と減殺請求権行使による目的物の権利帰属(最判平成11年6月24日)

遺贈に基づく目的物を占有者の取得時効の援用と減殺請求権行使による目的物の権利帰属
      主   文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人らの負担とする。
      理   由
上告代理人作井康人の上告理由第一ないし第三について
被相続人が相続開始時に債務を有していた場合における遺留分の額は、被相続人が相続開始時に有していた財産全体の価額にその贈与した財産の価額を加え、その中から債務の全額を控除して遺留分算定の基礎となる財産額を確定し、これに法定の遺留分の割合を乗じるなどして算定すべきものであり、遺留分の侵害額は、右のようにして算定した遺留分の額から、遺留分権利者が相続によって得た財産の額を控除し、同人が負担すべき相続債務の額を加算して算定すべきである(最高裁平成5年(オ)第947号同8年11月26日判決)。 原審の適法に確定した事実関係の下においては、被上告人らは、被相続人丙が相続開始時に有した債務を法定相続分に応じて相続したものというべきところ、遺留分算定の基礎となる財産額の確定に当たって右債務の額を控除すべきであるとしても、他方、遺留分侵害額の算定に当たっては被上告人らが相続した債務の額を加算しなければならず、そのようにして算定した遺留分侵害額は、原審認定の遺留分侵害額よりも多額となることが明らかである。 従って、原審認定の遺留分侵害額は、遺留分減殺請求の相手方である上告人らにとって利益でこそあれ、何ら不利益ではないから、論旨は、原判決の結論に影響しない事項の違法をいうことに帰し、採用できない。
同第五について
<要旨>被相続人がした贈与が遺留分減殺の対象としての要件を満たす場合には、遺留分権利者の減殺請求により、贈与は遺留分を侵害する限度において失効し、受贈者が取得した権利は右の限度で当然に右遺留分権利者に帰属するに至るものであり(最高裁昭和40年(オ)第1084号同41年7月14日判決、最高裁昭和50年(オ)第920号同51年8月30日判決)、受贈者が、右贈与に基づいて目的物の占有を取得し、民法162条所定の期間、平穏かつ公然にこれを継続し、取得時効を援用したとしても、それによって、遺留分権利者への権利の帰属が妨げられるものではないと解するのが相当である。 何故なら、民法は、遺留分減殺によって法的安定が害されることに対し一定の配慮をしながら(1030条前段、1035条、1042条等)、遺留分減殺の対象としての要件を満たす贈与については、それが減殺請求の何年前にされたものであるかを問わず、減殺の対象となるものとしていること、前記のような占有を継続した受贈者が贈与の目的物を時効取得し、減殺請求によっても受贈者が取得した権利が遺留分権利者に帰属することがないとするならば、遺留分を侵害する贈与がされてから被相続人が死亡するまでに時効期間が経過した場合には、遺留分権利者は、取得時効を中断する法的手段のないまま、遺留分に相当する権利を取得できない結果となることなどに鑑みると、遺留分減殺の対象としての要件を満たす贈与の受贈者は、減殺請求がされれば、贈与から減殺請求までに時効期間が経過したとしても、自己が取得した権利が遺留分を侵害する限度で遺留分権利者に帰属することを容認すべきであるとするのが、民法の趣旨であると解されるからである。
以上と同旨に帰する原審の判断は、是認するに足り、原判決に所論の違法はない。 論旨は、採用できない。
その余の上告理由について
所論の点に関する原審の判断は、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。 論旨は、独自の見解に立って原判決を非難するものにすぎず、採用できない。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。           最高裁裁判長裁判官小野幹雄

 

⑭相続人に対する遺贈と民法1034条の目的の価額(最判平成10年2月26日)

遺留分減殺の意思表示の到達・遺産分割協議の申入れと遺留分減殺の意思表示(最判平成10年6月11日)

遺留分減殺請求権と債権者代位(最判平成13年11月22日)

遺留分減殺請求権と債権者代位
      主   文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
      理   由
上告代理人冨永長健の上告理由について
一 本件は、遺言によって被上告人が相続すべきものとされた不動産につき、当該遺言で相続分のないものとされた相続人に対して貸金債権を有する上告人が、当該相続人に代位して法定相続分に従った共同相続登記を経由した上、当該相続人の持分に対する強制競売を申し立て、これに対する差押えがされたところ、被上告人がこの強制執行の排除を求めて提起した第三者異議訴訟である。 上告人は、上記債権を保全するため、当該相続人に代位して遺留分減殺請求権を行使する旨の意思表示をし、その遺留分割合に相当する持分に対する限度で上記強制執行はなお効力を有すると主張した。
二 遺留分減殺請求権は、遺留分権利者が、これを第三者に譲渡するなど、権利行使の確定的意思を有することを外部に表明したと認められる特段の事情がある場合を除き、債権者代位の目的とすることができないと解するのが相当である。 その理由は次のとおりである。
遺留分制度は、被相続人の財産処分の自由と身分関係を背景とした相続人の諸利益との調整を図るものである。 民法は、被相続人の財産処分の自由を尊重して、遺留分を侵害する遺言について、いったんその意思どおりの効果を生じさせるものとした上、これを覆して侵害された遺留分を回復するかどうかを、専ら遺留分権利者の自律的決定にゆだねたものということができる(1031条、1043条参照)。 そうすると、遺留分減殺請求権は、前記特段の事情がある場合を除き、行使上の一身専属性を有すると解するのが相当であり、民法423条一項ただし書にいう「債務者の一身に専属する権利」に当たるというべきであって、遺留分権利者以外の者が、遺留分権利者の減殺請求権行使の意思決定に介入することは許されないと解するのが相当である。民法1031条が、遺留分権利者の承継人にも遺留分減殺請求権を認めていることは、この権利がいわゆる帰属上の一身専属性を有しないことを示すものにすぎず、上記のように解する妨げとはならない。 なお、債務者たる相続人が将来遺産を相続するか否かは、相続開始時の遺産の有無や相続の放棄によって左右される極めて不確実な事柄であり、相続人の債権者は,これを共同担保として期待すべきではないから、このように解しても債権者を不当に害するものとはいえない。
三 以上と同旨の見解に基づき、本件において遺留分減殺請求権を債権者代位の目的とすることはできないとして、被上告人の第三者異議を全部認容すべきとした原審の判断は、正当として是認できる。 所論引用の判例は、所論の趣旨を判示したものではなく、上記判断はこれと抵触するものではない。 論旨は採用できない。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
最高裁裁判長裁判官深澤武久

 

⑮遺分減殺の対象の贈与等各財産につき価額弁償をすることの可否(最判平成12年7月11日)

ア遺留分減殺の対象とされた贈与等各財産につき価額弁償をすることの可否
イ共有株式につき新たに単位未満株式を生じさせる現物分割を命ずることの可否
      主   文
一 原判決中、第一審判決別紙株式目録記載一ないし四及び六の各株式の分割請求及び株券の引渡請求に係る部分を破棄する。
二 前項の部分につき、本件を東京高等裁判所に差し戻す。
三 上告人のその余の上告を棄却する。
四 前項に関する上告費用は上告人の負担とする。
      理   由
一 事案の概要
本件は、亡甲の共同相続人の一人であり相続財産全部の包括遺贈を受けた上告人に対して、遺留分減殺請求をした他の共同相続人である被上告人らが、共有に帰した相続財産中の株式等について共有物の分割及び分割された株式に係る株券の引渡し等を請求したものである。
二 上告代理人高崎英雄の上告受理申立て理由第一について
1 上告人は、遺贈を受け被上告人らからの遺留分減殺請求の対象となっている財産の一部である第一審判決別紙株式目録記載六の株式のみについて、本件訴訟で民法1041条1項に基づく価額の弁償を主張している。
2 原審は、同項の「贈与又は遺贈の目的の価額」とは、贈与又は遺贈された財産全体の価額を指すものと解するのが相当であり、贈与又は遺贈を受けた者において任意に選択した一部の財産について価額の弁償をすることは、遺留分減殺請求権を行使した者の承諾があるなど特段の事情がない限り許されず、そう解しないときは、包括遺贈を受けた者は、包括遺贈の目的とされた全財産についての共有物分割手続を経ないで、遺留分権利者の意思にかかわらず特定の財産を優先的に取得することができることとなり、遺留分権利者の利益を不当に害することになるとして、上告人の価額弁償の主張を排斥し、右株式を被上告人ら三、上告人五の割合で分割した上、上告人に対し、この分割の裁判が確定したときに、右分割株式数に応じた株券を被上告人らに引き渡すよう命じた。

3 しかし、受贈者又は受遺者は、民法1041条1項に基づき、減殺された贈与又は遺贈の目的たる各個の財産について、価額を弁償して、その返還義務を免れることができるものと解すべきである。
何故ならば、遺留分権利者のする返還請求は権利の対象たる各財産について観念されるのであるから、その返還義務を免れるための価額の弁償も返還請求に係る各個の財産についてなし得るものというべきであり、また、遺留分は遺留分算定の基礎となる財産の一定割合を示すものであり、遺留分権利者が特定の財産を取得することが保障されているものではなく(民法1028条ないし1035条参照)、受贈者又は受遺者は、当該財産の価額の弁償を現実に履行するか又はその履行の提供をしなければ、遺留分権利者からの返還請求を拒み得ないのであるから(最高裁昭和53年(オ)第907号同54年7月10日判決)、右のように解したとしても、遺留分権利者の権利を害することにはならないからである。 このことは、遺留分減殺の目的がそれぞれ異なる者に贈与又は遺贈された複数の財産である場合には、各受贈者又は各受遺者は各別に各財産について価額の弁償をすることができることからも肯認できるところである。 そして、相続財産全部の包括遺贈の場合であっても、個々の財産についてみれば特定遺贈とその性質を異にするものではないから(最高裁平成3年(オ)第1772号同8年1月26日判決)、右に説示したことが妥当するのである。
そうすると、原審の前記判断には民法1041条一項の解釈を誤った違法があるというべきである。
三 同第二の三について
1 原審は、第一審判決別紙株式目録一ないし四記載の新日本製鉄株式会社外三社の各株式について、株式は一株を単位として可分であり、かつ、分割することによる価値の減少が認められないことを理由として、右各株式を被上告人ら三、上告人五の割合で分割した上、上告人に対し、この分割の裁判が確定したときに、右分割株式数に応じた株券を被上告人らに引き渡すよう命じた。
2 しかし、右各株式は証券取引所に上場されている株式であることは公知の事実であり、これらの株式については、一単位未満の株券の発行を請求することはできず、一単位未満の株式についてはその行使し得る権利内容及び譲渡における株主名簿への記載に制限がある(昭和56年法律第74号商法等の一部を改正する法律附則15条1項1号、16条、18条1、3項)。 従って、2分割された株式数が一単位の株式の倍数であるか、又はそれが一単位未満の場合には当該株式数の株券が現存しない限り、当該株式を表象する株券の引渡しを強制することはできず、一単位未満の株式では株式本来の権利を行使することはできないから、新たに一単位未満の株式を生じさせる分割方法では株式の現物分割の目的を全うすることができない。
そうすると、このような株式の現物分割及び分割された株式数の株券の引渡しの可否を判断するに当たっては、現に存在する株券の株式数,当該株式を発行する株式会社における一単位の株式数等をも考慮すべきであり、この点について考慮することなく、右各株式の現物分割を命じた原審の判断には、民法258条2項の解釈を誤った違法があり、これを前提として株券の引渡しを命じた原審の判断にも違法がある。
四 結論
以上によれば、原判決中、第一審判決別紙株式目録記載一ないし四及び六記載の各株式の分割及び株券の引渡しを命じた部分には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。 従って、論旨は理由があり、原判決中、右部分は破棄を免れず、同目録記載一ないし四の各株式に関する請求については、現に存在する株券の株式数、当該株式を発行する株式会社における一単位の株式数等を考慮した現物分割の可否について、同目録記載六の株式に関する請求については、弁償すべき価額について、更に審理判断させるため、本件を原審に差し戻すこととする。
なお、その余の請求に関する上告については、上告受理申立ての理由が上告受理の決定において排除されたので、棄却することとする。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
最高裁裁判長裁判官金谷利廣

 

⑯生命保険契約の契約者が死亡保険金の受取人を変更する場合とと民法1031条に規定する遺贈・贈与(最判平成14年11月5日)

自己を被保険者とする生命保険契約の契約者が死亡保険金の受取人を変更する行為と民法1031条に規定する遺贈・贈与
      主   文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人らの負担とする。
      理   由
上告代理人尾倉洋文の上告受理申立て理由について
自己を被保険者とする生命保険契約の契約者が死亡保険金の受取人を変更する行為は、民法1031条に規定する遺贈又は贈与に当たるものではなく、これに準ずるものということもできないと解するのが相当である。 何故なら、死亡保険金請求権は、指定された保険金受取人が自己の固有の権利として取得するのであって、保険契約者又は被保険者から承継取得するものではなく、これらの者の相続財産を構成するものではない(最高裁昭和36年(オ)第1028号同40年2月2日判決)。 また、死亡保険金請求権は、被保険者の死亡時に初めて発生するものであり、保険契約者の払い込んだ保険料と等価の関係に立つものではなく、被保険者の稼働能力に代わる給付でもないのであって、死亡保険金請求権が実質的に保険契約者又は被保険者の財産に属していたとみることもできないからである。
これと同旨の見解に基づき、上告人らの予備的請求を棄却すべきものとした原審の判断は、正当として是認でき、原判決に所論の違法はない。 論旨は採用できない。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
最高裁裁判長裁判官横尾和子 

 

⑰価額弁償請求権を確定的に取得する時期(最判平成20年1月24日)

価額弁償の意思表示を受けて遺留分権利者が価額弁償請求する場合に当該遺留分権利者が遺贈目的物につき価額弁償請求権を確定的に取得する時期
      主   文
1 原判決のうち、遺留分減殺請求に係る部分を次のとおり変更する。
 (1)被上告人乙子は、上告人甲子に対し、17862万3727円及びこれに対する平成16年7月17日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 (2)被上告人丙子は、上告人甲子に対し、334万7145円及びこれに対する平成16年7月17日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 (3)被上告人乙子は、上告人丁に対し、1732万6915円及びこれに対する平成16年7月17日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 (4)被上告人丙子は、上告人丁に対し、329万774円及びこれに対する平成16 年7 月17 日から支払済みまで年5 分の割合による金員を支払え。
 (5)上告人らのその余の請求を棄却する。
2 前項の請求に関する訴訟の総費用は、これを2分し、その1を上告人らの負担とし、その余を被上告人らの負担とする。
      理   由
上告代理人前川弘美の上告受理申立て理由について
1 本件は、Xの相続について、遺留分権利者である上告人らが、Xからその遺産を遺贈された被上告人らに対し、民法1041 条1 項に基づく価額弁償として、弁償金及びこれに対する相続開始の日から支払済みまでの遅延損害金の支払を求める事案であり、その遅延損害金の起算日はいつであるのかが争われている。
2 原審が適法に確定した事実関係の概要等は次のとおりである。
(1)X(大正13 年9 月*日生)は、平成8年2月9日に死亡した。 その法定相続人は、妻であるY、実子である上告人甲子、被上告人乙子及び被上告人丙子並びに養子である上告人丁及び戊である。
(2)Xの相続について、上告人丁及び上告人甲子の遺留分は各20分の1である。
(3)Xは、名古屋法務局所属公証人作成に係る平成7年第732号公正証書により、第1審判決別紙遺産目録ⅠないしⅢ記載のとおり、Xの遺産を被上告人ら及びYにそれぞれ相続させる旨の遺言をした。
(4)上告人らは、平成8年8月18日、被上告人ら及びYに対して遺留分減殺請求権を行使し、被上告人ら及びYがXから前記公正証書遺言により取得した遺産につき、それぞれその20分の1に相当する部分を返還するように求めた。
(5)上告人らは、平成9年11月19日に本訴を提起し、遺留分減殺を原因とする不動産の持分移転登記手続等を求めたところ、被上告人丙子は平成15年8月5日、被上告人乙子は平成16年2月27日、それぞれ第1審の弁論準備手続期日において上告人らに対し価額弁償をする旨の意思表示をした。 これに対し、上告人らは、平成16年7月16日の第1審の口頭弁論期日において、訴えを交換的に変更して価額弁償請求権に基づく金員の支払を求めるとともに、その附帯請求として、相続開始の日である平成8年2月9日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた。
3(1)第1審は、上告人らの価額弁償請求を一部認容したが、その附帯請求については、上告人らが被上告人らに対して遺留分減殺請求をした日の翌日である平成8年8月19日から支払済みまでの遅延損害金の支払を求める限度で認容した。
(2)原審は、次のとおり判示して、第1審判決を変更し、上告人らによる価額弁償請求に係る附帯請求について、判決確定の日の翌日から支払済みまでの遅延損害金の支払を求める限度で認容すべきものとした。
特定物の遺贈につき履行がされた場合に、民法1041条の規定により受遺者が遺贈の目的の返還義務を免れるためには、単に価額の弁償をすべき旨の意思表示をしただけでは足りず、価額の弁償を現実に履行するか又はその履行の提供をしなければならない(最高裁昭和53年(オ)第907号同54年7月10日判決)。 もっとも、遺留分減殺請求をした遺留分権利者が遺贈の目的である不動産の持分移転登記手続を求める訴訟において、受遺者が、事実審口頭弁論終結前に、裁判所が定めた価額により民法1041条1項の規定による価額の弁償をする旨の意思表示をした場合には、裁判所は、同訴訟の事実審口頭弁論終結時を算定の基準時として弁償すべき額を定めた上、受遺者がその額を支払わなかったことを条件として、遺留分権利者の請求を認容すべきものである(最高裁平成6年(オ)第1746号同9年2月25日判決)。 そして、この理は、本件のように、受遺者が民法1041条所定の価額の弁償をする旨の意思表示をしたのに対し、遺留分権利者が訴えを変更してその弁償金の支払を求めるに至った場合においても異なるものではなく、遺留分権利者の訴えの変更によって受遺者のした意思表示の内容又は性質が変容するものとみることはできないから、遺留分権利者は、裁判所が受遺者に対し民法1041条の規定による価額を定めてその支払を命じることによって初めて受遺者に対する弁償すべき価額に相当する額の金銭の支払を求める権利を取得するものというべきである。 従って、上告人らの遅延損害金の請求は、本判決確定の日の翌日以降の支払を求める限度で理由がある。
4 しかし、原審の上記判断は是認できない。 その理由は、次のとおりである。
(1)受遺者が遺留分権利者から遺留分減殺に基づく目的物の現物返還請求を受け、遺贈の目的の価額について履行の提供をした場合には、当該受遺者は目的物の返還義務を免れ、他方、当該遺留分権利者は、受遺者に対し、弁償すべき価額に相当する金銭の支払を求める権利を取得すると解される(前掲最高裁昭和54年7月10日判決、前掲最高裁平成9年2月25日判決参照)。 また、上記受遺者が遺贈の目的の価額について履行の提供をしていない場合であっても、遺留分権利者に対して遺贈の目的の価額を弁償する旨の意思表示をしたときには、遺留分権利者は、受遺者に対し、遺留分減殺に基づく目的物の現物返還請求権を行使することもできるし、それに代わる価額弁償請求権を行使することもできると解される(最高裁昭和50年(オ)第920号同51年8月30日判決、前掲最高裁平成9年2月25日判決参照)。 そして、上記遺留分権利者が受遺者に対して価額弁償請求する権利を行使する旨の意思表示をした場合には、当該遺留分権利者は、遺留分減殺によって取得した目的物の所有権及び所有権に基づく現物返還請求権をさかのぼって失い、これに代わる価額弁償請求権を確定的に取得すると解するのが相当である。 従って、受遺者は、遺留分権利者が受遺者に対して価額弁償を請求する権利を行使する旨の意思表示をした時点で、遺留分権利者に対し、適正な遺贈の目的の価額を弁償すべき義務を負うというべきであり、同価額が最終的には裁判所によって事実審口頭弁論終結時を基準として定められることになっても(前掲最高裁昭和51年8月30日判決参照)、同義務の発生時点が事実審口頭弁論終結時となるものではない。 そうすると、民法1041条1項に基づく価額弁償請求に係る遅延損害金の起算日は、上記のとおり遺留分権利者が価額弁償請求権を確定的に取得し、かつ、受遺者に対し弁償金の支払を請求した日の翌日ということになる
(2)これを本件についてみると、前記事実関係等によれば、遺留分権利者である上告人らは、被上告人らがそれぞれ価額弁償をする旨の意思表示をした後である平成16年7月16日の第1審口頭弁論期日において、訴えを交換的に変更して価額弁償請求権に基づく金員の支払を求めることとしたのであり、この訴えの変更により、被上告人らに対し、価額弁償請求権を確定的に取得し、かつ、弁償金の支払を請求したものというべきである。 そうすると、上告人らは、被上告人らに対し、上記価額弁償請求権について、訴えの変更をした日の翌日である同月17日から支払済みまでの遅延損害金の支払を請求することができる。
5 以上と異なる原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。 論旨は、上記の趣旨をいうものとして理由があり、原判決のうち、価額弁償請求に係る遅延損害金について上記訴えの変更をした日の翌日から判決確定の日までの請求を棄却した部分は破棄を免れない。 そして、上告人らの価額弁償請求は、被上告人らに対して各弁償金及びこれに対する訴えの変更をした日の翌日である平成16年7月17日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余は理由がないから、原判決のうち遺留分減殺請求に係る部分を主文第1項のとおり変更すべきである。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
      最高裁裁判長裁判官泉 徳治

 

⑱遺留分侵害額の算定につき遺留分権利者の法定相続分に応じた相続債務の額を遺留分の額に加算することの可否(最判平成21年3月24日)

相続人のうちの1人に対して財産全部を相続させる旨の遺言がされた場合において、遺留分の侵害額の算定に当たり、遺留分権利者の法定相続分に応じた相続債務の額遺留分の額に加算することの可否
      主   文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
      理   由
上告代理人佐藤昇、同甲木真哉の上告受理申立て理由について
1 本件は、相続人の1人が、被相続人からその財産全部を相続させる趣旨の遺言に基づきこれを相続した他の相続人に対し、遺留分減殺請求権を行使したとして、相続財産である不動産について所有権の一部移転登記手続を求める事案である。 遺留分の侵害額の算定に当たり、被相続人が負っていた金銭債務の法定相続分に相当する額を遺留分権利者が負担すべき相続債務の額として遺留分の額に加算すべきかどうかが争われている。
2 原審が適法に確定した事実関係の概要等は、次のとおりである。
(1) 甲は、平成15年7月23日、甲の有する財産全部を被上告人に相続させる旨の公正証書遺言(以下「本件遺言」という。)をした。 本件遺言は、被上告人の相続分を全部と指定し、その遺産分割の方法の指定として遺産全部の権利を被上告人に移転する内容を定めたものである。
(2) 甲は、同年○月○日に死亡した。 同人の法定相続人は、子である上告人と被上告人である。
(3) 甲は、相続開始時において、第1審判決別紙物件目録記載の不動産を含む積極財産として4億3231万7003円、消極財産として4億2483万2503円の各財産を有していた。 本件遺言により、遺産全部の権利が相続開始時に直ちに被上告人に承継された。
(4) 上告人は、被上告人に対し、平成16年4月4日、遺留分減殺請求権を行使する旨の意思表示をした。
(5) 被上告人は、同年5月17日、前記不動産につき、平成15年○月○日相続を原因として、甲からの所有権移転登記を了した。
(6) 上告人は、甲の消極財産のうち可分債務については法定相続分に応じて当然に分割され、その2分の1を上告人が負担することになるから、上告人の遺留分の侵害額の算定においては、積極財産4億3231万7003円から消極財産4億2483万2503円を差し引いた748万4500円の4分の1である187万1125円に、相続債務の2分の1に相当する2億1241万6252円を加算しなければならず、この算定方法によると、上記侵害額は2億1428万7377円になると主張している。 これに対し。被上告人は、本件遺言により被上告人が相続債務をすべて負担することになるから、上告人の遺留分の侵害額の算定において遺留分の額に相続債務の額を加算することは許されず、上記侵害額は、積極財産から消極財産を差し引いた748万4500円の4分の1である187万1125円になると主張している。
3(1) 本件のように、相続人のうちの1人に対して財産全部を相続させる旨の遺言により相続分の全部が当該相続人に指定された場合、遺言の趣旨等から相続債務については当該相続人にすべてを相続させる意思のないことが明らかであるなどの特段の事情のない限り、当該相続人に相続債務もすべて相続させる旨の意思が表示されたものと解すべきであり、これにより、相続人間においては、当該相続人が指定相続分の割合に応じて相続債務をすべて承継することになると解するのが相当である。 もっとも、上記遺言による相続債務についての相続分の指定は、相続債務の債権者(以下「相続債権者」という。)の関与なくされたものであるから、相続債権者に対してはその効力が及ばないものと解するのが相当であり、各相続人は、相続債権者から法定相続分に従った相続債務の履行を求められたときには、これに応じなければならず、指定相続分に応じて相続債務を承継したことを主張することはできないが、相続債権者の方から相続債務についての相続分の指定の効力を承認し、各相続人に対し、指定相続分に応じた相続債務の履行を請求することは妨げられないというべきである。
そして、遺留分の侵害額は、確定された遺留分算定の基礎となる財産額に民法1028条所定の遺留分の割合を乗じるなどして算定された遺留分の額から、遺留分権利者が相続によって得た財産の額を控除し、同人が負担すべき相続債務の額を加算して算定すべきものであり(最高裁平成5年(オ)第947号同8年11月26日判決)、その算定は、相続人間において、遺留分権利者の手元に最終的に取り戻すべき遺産の数額を算出するものというべきである。 従って、相続人のうちの1人に対して財産全部を相続させる旨の遺言がされ、当該相続人が相続債務もすべて承継したと解される場合、遺留分の侵害額の算定においては、遺留分権利者の法定相続分に応じた相続債務の額を遺留分の額に加算することは許されないものと解するのが相当である。 遺留分権利者が相続債権者から相続債務について法定相続分に応じた履行を求められ、これに応じた場合も、履行した相続債務の額を遺留分の額に加算することはできず、相続債務をすべて承継した相続人に対して求償し得るにとどまるものというべきである。
(2) これを本件についてみると、本件遺言の趣旨等から甲の負っていた相続債務については被上告人にすべてを相続させる意思のないことが明らかであるなどの特段の事情はうかがわれないから、本件遺言により、上告人と被上告人との間では、上記相続債務は指定相続分に応じてすべて被上告人に承継され、上告人はこれを承継していないというべきである。 そうすると、上告人の遺留分の侵害額の算定において、遺留分の額に加算すべき相続債務の額は存在しないことになる。
4 以上と同旨の原審の判断は、正当として是認できる。 論旨は採用できない。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
 最高裁裁判長裁判官堀籠幸男

 

⑲価額弁償の意思表示があるも目的物返還及び価額弁償の請求もないときの、価額弁償額の確定を求める訴えの利益(最判平成21年12月18日)

価額弁償の意思表示があるも目的物返還及び価額弁償の請求もないときの、価額弁償の確定を求める訴えの利益
      主   文
原判決中、主文第1項及び第2項を破棄する。
前項の部分につき、本件を東京高等裁判所に差し戻す。
      理   由
上告代理人山田和男の上告受理申立て理由について
1 本件は、甲(以下「甲」という。)の共同相続人の一人であり、甲の遺言に基づきその遺産の一部を相続により取得し、他の共同相続人である被上告人らから遺留分減殺請求を受けた上告人が、被上告人Y1(以下「被上告人Y1」という。)は甲の相続について上告人に対する遺留分減殺請求権を有しないことの確認を求める旨及び被上告人Y2(以下「被上告人Y2」という。)が甲の相続について上告人に対して有する遺留分減殺請求権は2770万3582円を超えて存在しないことの確認を求める旨を訴状に記載して提起した各訴えにつき、確認の利益の有無が問題となった事案である。
2 原審の確定した事実関係の概要等は、次のとおりである。
(1) 甲(大正9年2月生)は、平成16年12月7日に死亡した。 上告人及び被上告人らは、甲の子である。
(2) 甲は、平成10年12月7日、甲の遺産につき、遺産分割の方法を指定する公正証書遺言(以下「本件遺言」という。)をした。
(3) 被上告人らは、平成17年12月2日ころ、上告人に対し、遺留分減殺請求の意思表示(以下「本件遺留分減殺請求」という。)をし、上告人は、遅くとも本件訴訟の提起をもって、被上告人らに対し、本件遺言による遺産分割の方法の指定が被上告人らの遺留分を侵害するものである場合は民法1041条所定の価額を弁償する旨の意思表示をした。
(4) 被上告人らは、上告人に対し、遺留分減殺に基づく目的物の返還請求も価額弁償請求も未だ行っていない。
(5) 本件訴訟の訴状には、請求の趣旨として、①被上告人Y1は甲の相続について上告人に対する遺留分減殺請求権を有しないことの確認を求める旨、②被上告人Y2が甲の相続について上告人に対して有する遺留分減殺請求権は2770万3582円を超えて存在しないことの確認を求める旨の記載がある(以下、上告人の被上告人らに対する上記確認請求を併せて「本件各確認請求」といい、本件各確認請求に係る訴えを併せて「本件各確認の訴え」という。)。
上告人は、原審の第1回口頭弁論期日において、価額弁償をすべき額を確定したいため、本件各確認の訴えを提起したものである旨を述べた。
3 原審は、上記事実関係等の下で、①被上告人Y1に対する確認請求は、上告人が被上告人Y1の遺留分について価額弁償をすべき額がないことの確認を求めるものであり、②被上告人Y2に対する確認請求は、上告人が被上告人Y2の遺留分について価額弁償をすべき額が2770万3582円を超えないことの確認を求めるものであると解した上、以下の理由により、本件各確認の訴えは確認の利益を欠き不適法であると判断し、第1審判決中、本件各確認の訴えが適法であることを前提とする本件各確認請求に係る部分を取り消して、本件各確認の訴えを却下した。
(1) 被上告人らは、上告人に対して遺留分減殺請求をしたが、未だ価額弁償請求権を行使していない。 従って、被上告人らの価額弁償請求権は確定的に発生しておらず、本件各確認の訴えは、将来の権利の確定を求めるものであり、現在の権利関係の確定を求める訴えということはできない。
(2) 仮に、上告人による価額弁償の意思表示があったことにより、潜在的に被上告人らが上告人に対して価額弁償請求権を行使することが可能な状態になったことを根拠として、本件各確認の訴えをもって現在の権利関係の確定を求める訴えであると解する余地があるとしても、受遺者又は受贈者が価額弁償をして遺贈又は贈与の目的物の返還義務を免れるためには現実の履行又は履行の提供を要するのであって、潜在的な価額弁償請求権の存否又はその金額を判決によって確定しても、それが現実に履行されることが確実であると一般的にはいえない。 そして、その金額は、事実審の口頭弁論終結時を基準として確定されるものであって、口頭弁論終結時と上記金額を確認する判決の確定時に隔たりが生ずる余地があることをも考慮すると、本件各確認の訴えは、現在の権利義務関係を確定し、紛争を解決する手段として適切とはいい難い。
4 しかし、原審の上記判断は是認できない。 その理由は、次のとおりである。
(1) 被上告人Y1に対する確認の訴えについて
前記事実関係等によれば、被上告人Y1に対する確認の訴えは、これを合理的に解釈すれば、本件遺言による遺産分割の方法の指定は被上告人Y1の遺留分を侵害するものではなく、本件遺留分減殺請求がされても、上記指定により上告人が取得した財産につき、被上告人Y1が持分権を取得することはないとして、上記財産につき被上告人Y1が持分権を有していないことの確認を求める趣旨に出るものであると理解することが可能である。 そして、上記の趣旨の訴えであれば、確認の利益が認められることが明らかである。 そうであれば、原審は、上告人に対し、被上告人Y1に対する確認請求が上記の趣旨をいうものであるかについて釈明権を行使すべきであったといわなければならず、このような措置に出ることなく、被上告人Y1に対する確認の訴えを確認の利益を欠くものとして却下した点において、原判決には釈明権の行使を怠った違法があるといわざるを得ず、この違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。
(2) 被上告人Y2に対する確認の訴えについて
ア 一般に、遺贈につき遺留分権利者が遺留分減殺請求権を行使すると、遺贈は遺留分を侵害する限度で失効し、受遺者が取得した権利は上記の限度で当然に減殺請求をした遺留分権利者に帰属するが、この場合、受遺者は、遺留分権利者に対し同人に帰属した遺贈の目的物を返還すべき義務を負うものの、民法1041条の規定により減殺を受けるべき限度において遺贈の目的物の価額を弁償し、又はその履行の提供をすることにより、目的物の返還義務を免れることができると解される(最高裁昭和53年、同54年7月10日判決)。 これは、特定の遺産を特定の相続人に相続させる旨の遺言による遺産分割の方法の指定が遺留分減殺の対象となる本件のような場合においても異ならない(以下、受遺者と上記の特定の相続人を併せて「受遺者等」という。)。
そうすると、遺留分権利者が受遺者等に対して遺留分減殺請求権を行使したが、未だ価額弁償請求権を確定的に取得していない段階においては、受遺者等は、遺留分権利者に帰属した目的物の価額を弁償し、又はその履行の提供をすることを解除条件として、上記目的物の返還義務を負うものということができ、このような解除条件付きの義務の内容は、条件の内容を含めて現在の法律関係というに妨げなく、確認の対象としての適格に欠けるところはないというべきである。
イ 遺留分減殺請求を受けた受遺者等が民法1041条所定の価額を弁償し、又はその履行の提供をして目的物の返還義務を免れたいと考えたとしても、弁償すべき額につき関係当事者間に争いがあるときには、遺留分算定の基礎となる遺産の範囲、遺留分権利者に帰属した持分割合及びその価額を確定するためには、裁判等の手続において厳密な検討を加えなくてはならないのが通常であり、弁償すべき額についての裁判所の判断なくしては、受遺者等が自ら上記価額を弁償し、又はその履行の提供をして遺留分減殺に基づく目的物の返還義務を免れることが事実上不可能となりかねないことは容易に想定されるところである。 弁償すべき額が裁判所の判断により確定されることは、上記のような受遺者等の法律上の地位に現に生じている不安定な状況を除去するために有効、適切であり、受遺者等において遺留分減殺に係る目的物を返還することと選択的に価額弁償をすることを認めた民法1041条の規定の趣旨にも沿うものである。
そして、受遺者等が弁償すべき額が判決によって確定されたときはこれを速やかに支払う意思がある旨を表明して、上記の額の確定を求める訴えを提起した場合には、受遺者等がおよそ価額を弁償する能力を有しないなどの特段の事情がない限り、通常は上記判決確定後速やかに価額弁償がされることが期待できるし、他方、遺留分権利者においては、速やかに目的物の現物返還請求権又は価額弁償請求権を自ら行使することにより、上記訴えに係る訴訟の口頭弁論終結の時と現実に価額の弁償がされる時との間に隔たりが生じるのを防ぐことができるのであるから、価額弁償における価額算定の基準時は現実に弁償がされる時であること(最高裁昭和51年8月30日判決)を考慮しても、上記訴えに係る訴訟において、この時に最も接着した時点である事実審の口頭弁論終結の時を基準として、その額を確定する利益が否定されるものではない。
ウ 以上によれば、遺留分権利者から遺留分減殺請求を受けた受遺者等が、民法1041条所定の価額を弁償する旨の意思表示をしたが、遺留分権利者から目的物の現物返還請求も価額弁償請求もされていない場合において、弁償すべき額につき当事者間に争いがあり、受遺者等が判決によってこれが確定されたときは速やかに支払う意思がある旨を表明して、弁償すべき額の確定を求める訴えを提起したときは、受遺者等においておよそ価額を弁償する能力を有しないなどの特段の事情がない限り、上記訴えには確認の利益があるというべきである。
エ これを本件についてみるに、前記事実関係等によれば、被上告人Y2に対する確認の訴えは、被上告人Y2の本件遺留分減殺請求により同被上告人に帰属するに至った目的物につき、上告人が民法1041条の規定に基づきその返還義務を免れるために支払うべき額が2770万3582円であることの確認を求める趣旨をいうものであると解されるから、上告人において上記の額が判決によって確定されたときはこれを速やかに支払う意思がある旨を表明していれば、特段の事情がない限り、上記訴えには確認の利益があるというべきである。 これと異なる見解に立って、被上告人Y2に対する確認の訴えを却下した原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。
5 以上のとおりであるから、論旨は理由があり、原判決中、上告人の被上告人らに対する確認請求に係る部分(主文第1項及び第2項)は破棄を免れない。 そして、同部分につき、更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すのが相当である。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
最高裁裁判長裁判官 古田佑紀