ハーグ条約

 「横浜のアオヤギ行政書士事務所」ハーグ条約の中の国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約につき解説いたします。 ご質問やご意見は下記のフォームに記載の上、メールにて送信下さい。

 


 ハーグ条約とは、オランダのハーグで行われたハーグ国際私法会議において締結された国際私法条約の総称をいいます。 

 

ハーグ条約の初適用

 夫婦のどちらかによって国外に連れ出された子どもの扱いを定めるハーグ条約に基づき、英国の裁判所が、同国に滞在している日本人の母親に対して、子どもを日本に帰国させるよう命じました。 日本が条約に加盟した2014年4月以降、日本人の子どもの返還命令が出たのは初めてです。 命令の対象となったのは、別居中の日本人夫婦の子(7)。 父親側によると、母親が今年3月、仕事の都合で子どもを連れて渡英。 ところが、予定の期間を過ぎても帰国せず、父親側が5月、英国の政府機関に条約に基づく援助を申請しまし。 6月には、ロンドンの裁判所に返還を求める申し立てをしました。 裁判所は7月22日、「母親と子どもが、父親との約束の期間を超えて英国に滞在しているのは、ハーグ条約上違法だ」として、同30日に子どもを帰国させるよう命令した。母親は帰国の意向を示しているという。

 

 

 国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約 Hague Convention on the Civil Aspects of International Child Abduction ) とは、 子の利益の保護を目的として、親権を侵害する国境を越えた子どもの強制的な連れ去りや引き止めなどがあったときに、迅速かつ確実に子どもをもとの国(常居所地)に返還する国際協力の仕組み等を定める条約で、全45条からなります。 日本は2013年5月に国会で承認されました。  ハーグ国際私法会議にて1980年10月25に日に採択され、1983年12月1日に発効したハーグ条約のひとつです。 未成年者が連れ出された国および連れ込まれた国両方が条約加入国である場合のみ効力を有する条約です。

 近年、国際結婚後、欧米、特に米国に移住した日本人女性が結婚の破綻後に子供を日本に連れて戻った結果、子供を連れ去られた外国人の配偶者が長年に渡り(あるいは半永久的)子供から引き離されて救済手段がないという事態が過去の累計で数百件ほど起こっており、この理由から欧米加盟国から日本の加入が要求されていた。

 日本では家族法上子の親権者を夫婦のどちらか一方に決めておかなければ離婚は認められず、子の養育の権利・責任(親権)は母親が引き受ける法判断が定着している(判例では、母親側によほどの問題がない限り、親権は母親に渡されるのが通例であます。 ただし10歳以上の子が自らの意思で父親を選ぶ場合は除きます)。 ただし、法律的には母親に親権を与えると明記されているのではなく、単に離婚裁判が起こった時点での子供の居住者に親権を与えるという判断がくだされるだけで、この場合の居住者の大半が母親であるという事実を追認しているにすぎません。 一方で欧米の場合は養育者・育児者(Primary Carer)に親権を与える判例が確立しており、この場合に母親が育児を行う場合が多いという一般の家庭事情を反映しています。 どちらにしても、このような母親に親権を優先的に与える法の執行は欧米の国の大半でも同じですが、米国やフランスなどでは両方の親に親権が与えられ、他の母親に親権を与える国でも父親の面接権を確保するために母親と子供の(外国への)移住を法的に制限するなど法令が制定されているため、この条約を締結および執行するとなると日本の家族法および移動の自由を保証する日本国憲法との衝突が考えられ、条約締結には国内法の改正が必要となるため加入には消極的でしたが、国内外において国際離婚に伴う子の略取問題への関心が高まっていることと、欧米、特に米国の強い圧力などの理由から2011年5月に政府は加盟方針をうち出し、国内法制との整合性調整等の条約締結へ向けた準備を開始し、2014年4月1日から日本について効力が発生致しました。

 この条約は、親権を持つ親から子を拉致したり、子を隠匿して親権の行使を妨害したりした場合に、拉致が起こった時点での児童の常居所地への帰還を義務づけることを目的として作られた条約です。 あくまでも子供の居住国の家庭裁判所の権限を尊重するために作られたもので、子供の親権や面接交渉権に関して判断を下すものではありませんが、条約の執行において結果的に居住国側の法律が優先されて執行することとなります。

 子どもが16歳に達すると、この条約は適用されなくなります(第4条)。 また拉致された先の裁判所あるいは行政当局は、子の返還を決定するに際して、子が反対の意思表示をし、子の成熟度からその意見を尊重すべき場合は、返還しない決定をすることもできますが(第13条2項)、ただしアメリカでは、「子の意見を聞くことは、子の心に負担をかけ、親のうち一方を選び他方を捨てる判断を子にさせるべきではない。」との意見から、子は自分の意見を返還裁判で言うことすら許されない運用をされる場合があります。

 この条約は最終的な親権の帰属を規定するものでなく、あくまでも児童の常居所地国への返還を規定するものであり、親権の帰属については別途法手続きを行うことになります。 ただし、親権者が誰になろうが、子は強制的に返還された国から出られなくなる点には注意が必要で、単に裁判管轄を決める条約ではなく、子が生育する場所を最終的に決めてしまうという重大な効果を持つことになります。

 この条約は子の利益を守ることを目的とすると条約前文には記載されていますが、もともとは先進国で子供が外国、特に途上国に連れ去られた場合に、その子供を取り戻すことを第一の目的に作成された条約であるため、子供の元の常居国に子供を返還することを第一目的に作られています。 子供の福祉に関しては、あくまでも子供の常居国の家庭裁判所の判断が最適であるとの前提で成り立っていますので、よって条約が実際に子供の福祉を最優先にしているのか、あくまでも調印国の政治的意図を優先しているのか判断が分かれます。 しかし国際結婚等で夫婦間が不和となり、あるいは離婚となった場合、一方の親が他方の親に無断で児童を故国などの国外に連れ去ることがあり、それが児童の連れ去られた元の国では不法行為であっても、連れ去られた先の国に国内法が及ばないことから、連れ去られた側が事実上泣き寝入りを強いられる場合でも、常居国の家庭裁判所の権限の事実上の無効化を防ぐために子供を常居国に返還することを目的とするもので、どの国の家庭裁判所の親権や面接権に対する判断が子供の福祉に適するかを判断するものではありません。

実務上の問題点

在留資格との不調和の問題

 国際結婚が離婚に終わった場合、子は本条約により当該国から出られなくなるのに対し、当該国で外国人である親は離婚により在留資格を失い国外退去になり、親子が引き離されてしまうという問題がある。
 これは、「国内で未成年の子を養育する外国人親」に対し特に在留資格を与えない移民政策を取るアメリカにおいて顕著な人権侵害を起こしています。 例えば、H-1Bビザ(専門職職業ビザ)でアメリカ国内に滞在する非米国人と日本人がアメリカ国内で結婚し、日本人はH-4ビザ(Hビザの家族のビザ)の資格で共にアメリカで結婚生活を送り、子が生まれた後離婚した場合、子は本条約によりアメリカ国外に出られなくなるが、当該日本人は離婚によりH-4ビザを失うので、子をアメリカに残しアメリカから退去しなければならなくなるります。 また、H-1Bビザを持つ者同士がアメリカで結婚し、子が生まれた後離婚した場合、失業してH-1Bビザを失った段階で、子をアメリカに残し親はアメリカを出国しなければならなくなります。

 

経済的不利益の問題

 外国で生活していた夫婦が離婚した場合、子は本条約により当該国から出られなくなり、その結果、親権者たる親もその国から事実上出られなくなります。 外国において働き、生計を立てて子を養育することは、言語能力の問題、文化風習の違いの問題、在留資格(ビザ)による就労制限の問題、外国人差別の問題などにより、母国で働くより低賃金の仕事になりがちであり、経済的な不利益を被る場合が多いです。 特にアメリカでは、「雇用において自国民を外国人より優先することを違法としない」という外国人差別を是認する法律があり、事態は深刻です。
 また、離婚になるような場合、もう一方の親に、失業、無収入、勤労意欲の喪失、浪費、ギャンブル癖、多額の借金などの経済的問題がある場合が多く、養育費の不払いなど、子の養育に必要な資金に困窮する場合が多いです。 このような場合、外国人親としては、母国に子と一緒に帰り、賃金の高い職業に就き、困窮を解決することを考えるのであるが、本条約によりそれは不可能であり、困窮の中で子を養育することを強いられてしまいます。

 

返還後の子の監護者不在の問題

 本条約で子が常居所国に返還された後、誰も子を監護をせず、子が施設に入れられるケースが発生し問題となっています。  オーストラリアで暮らしていたオーストラリア人とスイス人の夫婦(Mr. Russell Wood and Mrs. Maya Wood-Hosig)の事件)で、オーストラリアで離婚後、スイス人の元妻が10歳と8歳の子をスイスに連れ帰り、本条約により子はオーストラリアに返還されましたが、オーストラリア人の元夫は子を引き取ることが出来ず、子はオーストラリアの施設に入れられてしまったという事件です。 その後、スイス人元妻の訴えにより、子はスイスの元妻に再度返還されています。 このケースなどは、本条約が「どちらが子にとってより良い環境か」という「子の福祉」を考慮することをせず、「常居所地への返還」を機械的に行うことを目的として作られたものであるため発生するケースだと考えられます。 スイス政府はこの事件を受け、子を返還しなくても良い例外を定める本条約第13条(b)項の「耐え難い状況(intolerable situation)」を柔軟に解釈して、このような場合に返還を認めない方針を打ち出していますが、スイスの方法では「返還すると子にとって明らかに環境が悪化し、返還しない方が子にとって明らかに良いが、返還すると耐え難い状況になるとまでは言えない」場合は結局子を返還せざるを得ず、子の福祉を完全に保護することはできません。

 

DV暴力の問題

 本条約は欧米諸国を中心に作成され調印されたものです。 調印当時、途上国出身(特に夫に親権が自動的に与えられる回教国)の夫が離婚後に母親に親権を(半自動的に)与える欧米の家庭裁判所の判決を不服として夫の出身国に略取することが社会問題化しており、これに対応するために条約が作成されたため「子供の元の居住国への迅速な送還」を重点に条文が書かれました。 このため、略取先の国の家庭法および略取における両親の個人的な内情などは意図的に一切考察されません。 略取先の国は外国の裁判所で親権に対する判断がなされた事実が確認された時点で迅速に強制執行を行わなければなりません。 しかし非欧米の国と欧米の国の国際結婚の場合は大抵の場合は欧米の国が子供の居住国となっているので実際の執行においては大抵の場合は非欧米国から欧米国に子供を引き渡すという内容となるため欧米の文化圏(欧州、北米、南米)以外の国は日本も含めてほとんど条約に調印しませんでした。

 ところが20世紀後半から国際結婚がさらに増加する中、調印当時の想定とは逆に母親が子供を略取する案件が大多数を占めるようになり、母親が子供を出身国に連れ去る理由として、調印当時はあまり注目されていなかった「夫の暴力」が大きな理由を占めることが加盟国の中でも問題とされるようになりました。 本条約では「子供の居住国への迅速な送還」を最優先にして条文が作成されたため強制執行を略取先の国が停止することができる条件は条文で”grave risk”(深刻な危険)と規定されており、これはに当てはまるものとして送還先の国が飢饉や戦争、あるいは夫が子供を虐待していた(妻に対する虐待は含まない)という明確な証拠が存在する時のみとの厳し条件がつきます。 運用面の実態ハーグ条約調印国の間で出された報告書に記載されている調査書の第3項によればハーグ条約の執行申請事件の368件のうちの54%においてDVの存在が確認されておりその中で34%の残された側の親(夫)は暴力を認めているかあるいは以前に暴力行為を行ったとの疑いが持たれています。 またオーストラリアで行われた国内での奪取も含めた問題に関する全国調査では奪取の6%は暴力を逃れるためであったとの結果が報告されています。  特に問題なのは条約調印国の中で日本人の女性との国際結婚の最も多い米国では子の海外や他州への奪取が刑法違反であるため、母親が子供を日本に連れ帰った場合は自動的に母親が親権を失うだけでなく母親は米国に帰還すれば犯罪者として逮捕されるか、入国ビザがおりません。よって条約の執行は子供を母親から半永久的に引き離すこととなります。 また米国などでは父親に面接権が与えられるため夫から子供を事実上引き離すこととなる母親の(他州および他国への)引越しを禁じる措置が取られます。 このため女性は短期間の里帰り以外では子供を連れての出身国への帰還が法律で禁じられます。 これではたとえ親権や居住権を勝ち取ったとしても子供を連れて日本に引っ越した時点で刑法に違反したことになり親権を喪失し子供と引き離されることになります。 このため、女性は子供が成人するまで事実上米国に幽閉状態になります。 言葉の話せない国での就業は非常に難しいため、これは母親と子供は非常に厳しい社会的および経済的状態に置かれることになります。

 また母親の帰還が可能な国でも奪取にDVが関わっている場合はその問題が更に複雑化します。 DVは家庭内での犯罪であるためにその事実の証明がもともと非常に難しいです。(ただし母親がこれを逆手にとってDVに関して虚偽の証言をし離婚調停を有利に導こうとすることも多いです。 極端な例では自分自身で傷をつけて医療機関で診断書をとる例もある)そのため行政は対応として刑事事件の立件よりもDVシェルターなどを提供して被害者の加害者からの逃避が容易である環境を作ることが被害の最小化に最も望ましいものとされ、DVの立件は行政対処において二次的な位置を占めることが多いです。 国際結婚によって外国に移住した女性がDV被害にあった場合は言葉の不自由の問題から外部との対応や経済生活を完全に夫に依存している場合が多いため子供を連れて元の出身国に逃げることが最も迅速で安易な解決法となります。ところが出身国が本条約の加盟国である場合、子供の強制送還が執行されると共に夫の虐待を覚悟して子供と引き離されることを避けるため(あるいは子供を守るため)に子供と一緒に外国に戻る母親の存在が確認されている。このような帰還や条文においてはあくまで「任意」なものと位置づけられています。

 実際に本条約の調印国のシンポジウムにおけるオーストラリアの代表は "虐待を行う夫が母親と子供を居住国に引き戻す手段として本条約が使われている事実は懸念されるものであり、本条約が調印当時の目的から遊離しているといえる。 近年の統計調査では略取を行う親の大半は女性であり、その多くは虐待などの家庭内暴力からの逃避のためである。 子供の略取とDVの存在の統計的関連は懸念されるものであり、本条約は”grave risk(深刻な危険)”の条文の解釈においてこのような状況が十分に考慮していない。"と発言しています。